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【創作小説】人生のやり直し回数が多すぎるあいつに、僕は酒を奢りたい

ある日を境に、この世界で今まで1人に1つしか与えられていなかった「人生」は、いくらでも持てるようになった。
わかりやすくいえば人生の分岐点でリロードし放題。失敗したと思ったら生まれた時からやり直せることになったのだ。

科学者の話では宇宙のOSがアップデートされてメモリ容量がほぼ無限大になったので、全ての生物に魂を多次元化する権利が付与されたのだとか。まあ、僕の頭ではいまいちよくわからないんだけど、すごい世界になったもんだ。

そんな「やり直し人生」を送る人は「リローダー」と呼ばれている。

とはいえ、人生のやり直しは無条件でできるというわけではない。
リロードを実行するたびに首に赤い*(アスタリスク)型の痣が浮かび上がるという仕様になっている。
世界の仕組みとしてはうまくできてるし、個人としてはうまくいかないもんだと思う。

複数の痣がある人は、犯罪に巻き込まれたり、罪を犯したりする可能性が高いため、生まれた時から保護・監視の対象となる。それだから、リローダーは首を隠すことが多く、年がら年中スカーフ巻いたり、ハイネックのシャツを着たりしてるやつは、避けられる傾向がある。

リローダーへの偏見や差別を無くそうという動きもあって、レインボースカーフ運動なるものも展開されている。なんだかややこしい時代になってるなと思う。

そんなご時世。
僕が大学1年の春。学食の隅であいつは、白いクルーネックのシャツから覗く10個ものアスタリスクを隠すことなく、へらへらと笑っていた。

「お前はいつもここにいるな」

続けて大学1年生を迎えるのは10回目なのだと言った。

何度も人生をやり直すあいつが言うには、別の人生では居た人が居ないことも多いらしい。リロードされた人生は全く同じ流れをたどるわけではなく、様々な要因で少しずつ違っているんだそうだ。(それをバタフライエフェクトというらしい。)

それなのに、僕はあいつの人生の中で、必ずこの学食の奥の1人掛けの席できつねそばをすすっているんだと言われた。どう反応したら良いのかわからなかったから「そうなのか」とだけ答えたと思う。

同じクラスなので、授業で会うことも多くなり、あいつの身の上話を聞くこともあった。あいつが、リロードを繰り替えしているのは大学卒業後にかかる病気のせいらしい。

「早期に発見できていたら、別の治療を試していたら…死なないんじゃないだろうか?」そう思って検証を繰り返しているうちに10回もリロードが溜まってしまったと、笑っていた。

「まず、生まれた時が大変なんだよ。リローダーが産まれたら親は心配するだろ?赤ん坊の時は別次元の記憶はあるけど脳みそが発達してないから発語ができないんだ。こっちはどうしてリロードしたのか伝えられない。話せるようになるまで毎日泣いて暮らす母親を見ることになる。それが辛いんだ。」

まあ確かに、自分の生んだ赤ん坊が既に10回もリロードを繰り返していたら、我が子の人生はどんな物なのだろうと思うだろう。

「あと、思ったより次元が違うと人生は変わるんだよ。全然前の次元は参考にならない。」だから試験の範囲とかはわからないからな、とこれまた明るく言ってきた。
「別に試験のことをお前に頼る気は、ないよ」
「お前はいつでもそう言うな」
そういって、妙に嬉しそうに笑っていたのだった。

あいつとは、二、三年とゼミが分かれてからは殆ど会わなくなった。
風の噂では、女の子から恋愛の神のように扱われているとかなんとか。
別の次元で見てきた恋愛模様を伝えて脈あり・脈なしをこっそり教えてやっていたらしい。

一度たまたま学食で会った時に、そういうのはどうかと思うと苦言を呈したのだが、鼻で笑われた。
「リローダーであることを隠してない以上、こうなるのはしょうがないんだよ。」

リローダーならではの考えがあるらしいが、僕からしてみるとチート能力で女子にちやほやされているようにしか見えなかったのだ。
(今から思えば、当時、気になっている女性に声をかけられないでいた僕の醜い嫉妬心かもしれない。)

「まあ、そろそろハズレが増えてきて、女子たちから飽きられるはずだよ。」
その余裕綽々の物言いにまたカチンときて、僕は何も言わずにきつねそばを啜った。
「ま、お前は多分、お前が思った通りに動いたらうまくいくから」
スタミナ丼を頬張りながら、あいつはいう。
「別に知りたかねえよ」
そう言って僕は席を立った。
「もしうまくいったら酒おごれよ」
「知るか」

それから数日後。僕が気になっていた女性とたまたま授業のグループが同じになり連絡先を交換する。そしてそれから1ヶ月後に付き合い始めた。
「彼、本当に神かもしれない〜。」などと女の子達が噂していたことを実感する羽目になるのだった。

「酒、奢らせてください」
再びあいつにあった時におれは深々と頭を下げた。

大学卒業後、就職してからは全くあいつには会うことはなかった。

僕は製薬会社の営業として病院や薬局を回る日々だった。
覚えることが多すぎて、大学の時の友人たちを思い出す余裕がなかった。
三年目でやっと少しだけ余裕が出てきた。

今日はこの地域の最大手の大学病院に、新規契約を結ぶことになった。
慣れてきてはいるが、一人でとる初めての大口契約はさすがに緊張する。

大学病院の駐車場に営業車を止めて、カバンの中の書類を再度確認する。
その時、ふいに、あいつの言葉が蘇った。
「お前は多分、お前が思った通りに動いたらうまくいくから」

なんでだろう。
もう五年以上前のことだ。
ずっと忘れていたのに。

助手席に開発部から渡されていた治験のデータがあるのに気がついた。
今日は契約を結ぶだけ、契約書だけあれば…と思っていたけれど、
念の為これも持っていこうと思う。

会議室に通されて、院内薬局の局長が開口一番に言ってきた。

「今日の午前中にA社からもこの疾病の進行を遅らせる薬の売り込みがあったんですよ。…御社の1/2の値段で。」
突然のことに頭を殴られたように感じる。

そもそも、症例の少ないこの疾病について、どうしてウチの直前にA社が売り込むのか…
「いやぁ、A社さんとうちとは長い付き合いでね」
決まり悪そうに初老の局長が汗をふく。

ウチからの売り込みをブロックさせるように、A社が根回しをしたとしか思えない。そして…おそらく僕が若いから、A社にも局長にも舐められている。

確かにA社は最大手の製薬会社だ。
しかし、この疾病に関してだけは、ウチの製品の方が確実に効く。
というよりA社の出した薬は症状を抑えるだけで、疾病自体には効果がない。それは、データで出ているのだ。

僕はさっきカバンにいれた治験のデータを出して示す。
「このデータの通り、A社さんの薬は効きません。この疾病にはウチの薬しか効かないんです。今、まさにこの薬を必要とされている患者さんがいますよね。ドクターから聞いています。今日契約をしなくちゃ間に合わない。違いますか?」

治験のデータを見て局長は目の色を変えた。
そう、データが示しているのだ。
「わかりました。契約しましょう」

自社に戻る、その道中で突然あいつから連絡が来た。
「今日、契約うまく行ったか?」
「……ひょっとして、お前…」

ふふふ、とあいつが笑った声が聞こえた。
「大学病院にxxxって病気で入院してんだよ」

それはまさに今日僕が売り込んだ薬が効く疾病だった。
「手術は明後日なんだけど、これでダメだったらさすがに……。」
後半かすれて聞き取りづらい。
しかし「諦めるわ」と言ったように聞こえた。
10回のリロードを繰り返したこいつは、すでに250年の時を生きている。

「効かないわけないだろ。もしうまくいったら、僕が酒奢ってやるから」
「ふふふ、俺は酒禁止だよ」
「知るか」

きっとあいつは生き残る。リロードしないで済むはずだ。
そしたら、僕は今度こそ聞いてやろう。
あいつが過ごしてきた250年を。


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