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【宝物】落合陽一からNerholまで!自慢のアートコレクション!

コレクターと言ったらこの人。村上隆とスーパーフラット・コレクション。このサイトから引用。面白い作品ばかりでぜひ見に行きたかった。もうないだろう。
もちろん村上氏の作品は所有していない。

 前回下記の記事を書いた。この記事は現代アートの投資の話を記述していて、その後私の所有しているコレクションを解説するという構成にしていた。

 しかし、最近立て続けにアートを購入しており、コレクションの話の方が多くなってしまった。そのためコレクションはコレクションで分けて解説したいと考えた。ここでは私の最高にcoooooooooolなコレクションについて記述する。是非お付き合いいただければ幸いである。増えたら更新します。


ちょっとその前にコーヒーブレイク

 コレクションについては好きな作品しか購入していないため、クセが出やすい。そのため私の好みについて先に述べさせてもらう。興味がなければ飛ばしてください。

〇好きなアーティスト
・杉本博司
・須田悦弘
・目[mé]
・内藤礼
・李禹煥
・マーク・マンダース
・ジョセフ・コスース

〇好きなテーマ
・境界(線)
・空間
・理学
・哲学

 書いていて気がついたが、殆ど空間と境界についての作品である。

足立篤史

足立篤史「Forgetting. _ Mouse」タグボートから引用。

〇作者による作品解説
 誰もが子供の頃おもちゃで遊び、多くの思い出や経験をそのおもちゃから得てきた。
 しかし、それも大人になるにつれ、そのおもちゃたちともいつかは遊ぶことはなくなり、やがて部屋の、記憶の片隅に追いやられる。それらのものは時がたつにつれ、ゆっくりと、時間をかけ朽ちてゆき、最後はその形跡すら忘れ去ってしまったと思っていた。
 だが忘れたわけではない、しかし思い出せるわけでもない、幼少期の思い出とは記憶の貯蔵に必要とされた神経ネットワークが未成熟だったため記憶期間が短く、また記憶をうまく固着できないためとても不安定な存在であり、そのため自分の意思とは相反して、脳の発達(老化)により飲み込まれ、徐々に検索する事ができなくなってしまうのだ。
 しかし記憶自体は失われたわけでなく、古い脳細胞(記憶)は置き換わるわけでなく、新しい細胞が追加される形で発達してゆく、確かにそこにはまだ記憶は存在し続けている。
 今現在も、その記憶と同じように、部屋の片隅の箱の中で、おもちゃは今もその思い出は刻まれ、まだかつてのそこに記憶は存在し続けていく。
 作品は、その「思い出そうとするが、明確には思い出せない」姿を表現した。
 モノ自体が記憶の具現化(この場合「おもちゃ」という存在)であり、思い出せないという現象を「形が曖昧になる、崩れる」で表現し、その曖昧な部分を文字化けして読めない(思い出せない、認識できない)文字であり、文字は人間が記憶を記録物として伝え、長く保管するために発明したものであるので、それ自体が記憶データの認識できなくなってしまったファイルのように文字化けさせることにより、思い出すという事の難しさを表し、またおもちゃ自体が破損(朽ち)していることにより、大人になったことにより、幼少期に遊んだおもちゃを処分(または家の何処かに行ってしまった)姿も表現した。(下記より引用)

〇個人的解説
 足立氏は記憶をコンセプトとしているアーティストであり、他にもその当時の新聞紙を使用し製作を行う。
 私が一番最初に購入した現代アートである。2021年冬季にtagboatで購入した。オリジナル作品である。初めて見たときの衝撃がすごく、幼少期の良くない思い出がリフレインした。そのため、購入しても飾ることができないと考えていた(なぜ買ったし)。

 足立氏と初めて出会ったのは2015年の現代アートで重要なtaro賞である。確か入選されていた。私は他の作品に興味を持ったが、同行した母が一番好きだと話していた覚えがある。
 また、足立氏は2015年以降もtaro賞で特別賞を受賞しており、そのあたりから、ちらほら蔦屋書店などで売られているのを見た。その後、tagboatのネット上に売られている作品が完売した。おそらくオークションに出回るようになったりリセールされるのは時間の問題であると思われる。私は若手作家に関して、10年くらいの単位で見ているため、正直2年程でここまで売れると思わなかった。足立氏の作品に関しては投資は成功したといえる。
 ただ、代表的な作品は新聞紙を使った作品だろう。こちらのシリーズのほうが好きなので後悔はしていないが、投資的目線のみならそちらを購入したほうがいいと思われる。

牟田陽日

〇個人的解説
 2022年冬季に日本橋高島屋で購入した。オリジナル作品である。牟田氏の作品はずっと気になっていたが、いつも完売であり、抽選で購入権が与えられるようになっている。そして毎回落ちていた。ただ、一番好きな作品に出合い、どうしても欲しいと思い続けた結果!運よく当選した!!今までの作品が落ちていなければ手に入れられなかったかもしれない。
 今まで応募していた作品は龍やクジラのぐい呑みだった。それらも素晴らしいが、私が好きなモチーフは椿である。しかもこの作品、下地を土に、白い釉薬(?)を雪に見立てているが、雪の凹凸を見事に表現いている。金沢で製作しているからか九谷焼のような華やかな色合いと目白もあり、ささやかな春の息吹を感じられる。

 牟田氏はかなりの人気作家であり、転売を目的とした購入が増えているようである。そのため期間を決めて転売防止措置を取られているようである。人気作家であるし、売る気も全くないのでそこまでは関係ない

清水智裕

清水智裕「ヒーロー(2)」タグボートから引用

〇作者による作品解説
 納得のいく作品が作れず、何度も描いては消し、描いては消しを繰り返していたときに、描くのではなく、消していくことで絵画を作れないだろうか、と考えるようになりました。
 キャンバスを絵具で塗りつぶし、乾かないうちに拭き取って、拭き取り忘れた残骸が絵画となる。
 大量の絵具を拭き取れば、小さい形が現れ、ほんの少しだけ絵具をぬぐい取れば、大きな形が残されることになる。
自分のやっていることは何なのだろう、絵画を作っているのか、消しているのか。
 その答えを探し求めるようにして作品を作っています。

〇個人的解説
 2022年夏季にtagboatで購入した。オリジナル作品である。
 印象派のようなタッチで描かれた水面に確かな気配を感じる。エレキングがこちらを見ている。私は小さいころウルトラマンの怪獣で遊んだため、このエレキングは小さい時の自分に見えた。今でもそう錯覚する。座禅をしている時、この作品を見ながらしているため結構つらい。自分と対話しないといけない。

 清水氏は少女の作品を多く描くため、代表的な作品はそちらだろう。しかしこのエレキングに完全に一目惚れした。投資目的よりやっぱ好きな作品を買う方がいい!と割り切りサイトにはりついて、販売開始とともに購入した。清水氏はtagboatを見てもかなり売れていたため、購入に踏み切った。今はまだ作品は完売していないが、若いため問題はない。今後活躍されることを願う。

松井智恵

松井智恵 「無題」下記MEMのサイトから引用 上側の毛糸の作品。著作権的に良くないと思ったので、家にある写真は掲載しない。

〇個人的解説
 2023年冬季に恵比寿のMEMにて購入した。オリジナル作品である。
 毛糸のような作品である。最近の作品でなく、1988年に描かれたものである。松井氏がずっとしまっていたものを出したようだ。ニスのようなものが塗ってあるからか、角度によって薄膜干渉を起こし色が変わる。感覚的に書かれたもののように見受けられるが、元々インスタレーションをメインで展示していたからであろう、サインの位置や糸の軌道など、空間の使い方がかなり素晴らしいと思う。色使いもあっぱれである。
 正直他の作品も素晴らしく、どの作品を購入しようか迷った。サイズは小さい方が色々な作品が設置しやすいためこの作品を選んだ。「幕間-12」や「draw–17」もいい作品だ。

 松井氏の作品は埼玉県立近代美術館で行われた展覧会「桃源郷通行許可証」で出会った。展覧会ではポスターに使われるくらいのアーティストであり、展覧会自体も最高だった。絵画やオブジェが一つの空間で調和しており、一つ一つの作品が空間を作り出している。特に絵の作品は購入した作品と同様に薄膜干渉を起こす。凄まじい表現力である。
 松井氏は上記にあげたようにすでに実績があるアーティストである。若手ではない。好きだから購入したのは間違いないが、最初から資産として安定していた。しかし今後も応援していきたい。

落合陽一

落合陽一 質量への憧憬:鉄骨(酉)の一部

作者による作品解説
 ポスト工業社会に向けての祈りの形、 デジタルから見た質量への憧憬、オーディオビジュアルの波の向こうの神殿



〇個人的解説
 2024年冬季にワタリウム美術館内のオン・サンデーズ・ライトシードギャラリーで購入した。エディション3である。
 作品に関しては上記のnoteで解説済みであるため、記述はしない。一応追加として、神棚のように設置したこの作品を拝むことはないだろうと思ったが、二回拝んでしまった。特にお願い事を申し上げることもないが心は落ち着いた気がする。人間は神的なものに弱い。元をたどればすべて宗教につながっていくのかもしれない。

 今までで一番高価であったし、エディションも3である。しかし、元々テレビに出ていたり、未来館や大阪万博など大型の展示を行うため、知名度はアートに興味ない方でも知っている人が多いため高い。高価であるといったものの正直落合氏の作品がこの値段で購入できると思わなかった。ギャラリーの方曰く落合氏は最近まで販売をしていなかったとのことである。確かに落合氏の作品はパブリックアートのような作品が多く、中々一般人が購入できるものではない。そのため、今後値段が上がる可能性は高いと思われる。
 欠点としては作者の作品解説で察していただいた方も多いだろう。作品自体かなり難解である。正直まず理系でないと理解できなく、さらに仏教やコンピュータサイエンス、他にも哲学なども必要になってくる。そのため、理系でない方が多いアート業界で評価されにくい可能性もなくはない。書籍のデジタルネイチャーもとても面白いが、土台がガチ理系である。他の分野も深く理解しなければいけないため理解度は背伸びして7割程度だろう。いや…5割かも知れない。とにかくテニプリで仏教を学んでいてよかった。
 社長や教授、アーティストや作家(本)である落合氏はやりたいことだらけだろう。少しでも氏の目指す未来に貢献できたらうれしい。カレーを飲むだけでなく、最近は完全メシを食べているようですね。体調には気を付けてお過ごしください。


カレーは飲み物な落合陽一氏。著作権的に心配だったが本人が引用リツイートしていた画像であるため掲載した。通りすがりの方もびっくりしている。

木下由梨香

木下由梨香 ヤマユリ 掲載許可は頂いている。この絵ほど買ってよかったと思うものはない。

〇個人的解説
 
2024年3月にアートフェアで購入した。次あった時は買えない値段になってしまうと思うし、作家の中でも圧倒的にヤマユリが好きだったので、もう出会えないだろうと思い、商談中にしてアートフェアを周りながら検討していた。そして2時間後購入した。夏季ボーナスは死んだが、とても良い作品が買えて満足である。

 まず目を引くのは躍動感である。サム・フランシスのように自由である。下地の白のペンキが乾かないうちに手で描いているようで、軌道や絵の具の混ざり具合が素晴らしい。花の生命力が感じられる。木下さんの作品でも特に気に入った理由は色と空間である。青の発色は水が流れているようで、空間の取り方も素晴らしい。余白の中に飛び散るペンキも意図されたものではないと思うが空間を作り出している。

 追加で言うとすれば、この絵は今までで一番購入してよかったと思った。どのように描かれたかを想像するだけでも楽しい。描かれた一つ一つの線に思いを馳せる。

キュンチョメ

〇作者による作品解説
 
どこに行くんだろう

〇個人的解説
 2024年5月にオン・サンデーズで購入してしまった。絵を買いすぎだという自覚はあった。どうしても欲しかった。安かったしノーカン!ノーカン!

 キュンチョメはサエボーグ氏と共に私が現代アートの素晴らしさを知ったアーティストの1人である。それは2013年度のtaro賞であった。

 高校生の時、元々セクシャルマイノリティである私はとにかく息苦しかった。周りは恋愛などが主流だったからだ。私に性別などない。恋愛もしない。女性はもちろん男性も友人として仲良くしたい。しかし実際はそうはいかない。

 なんとなく美術教師が面白かったので美術に興味を持ち始めて、岡本太郎に出会った。とにかく周りに呑まれずに自分を表現した人だった。
 それからtaro賞の存在を知り、美術館へ行った。そこにあったのは抑圧がなく、生きづらいことは生きづらいと表現された世界だった。
 規制の先に入れとの指示、日本の食事の中心である米を踏む感覚、原発事故で規制された先にあるもの、血に濡れながらも空に手を伸ばす。
 狭い世界に生きていた私は、現代アートはこんなにも、自由なのか、と衝撃を受けた。

 さて、話を戻そう。インスタレーションと映像で勢いのあるキュンチョメは最近絵を描き始めた。初めての展覧会はオン・サンデーズで100点(もっと多い?)ほどおいていたらしい。

 この鳥は立派な翼があるが、自分の羽で飛んでいない。頭に付けた風船で(作者曰く)どこへ行くかもわからず浮かんでいる
 一見気が抜けたような絵である。しかし、ここにはほとんど入っていないが、下にブロック状に描かれた青赤黄色などの色には重さがある。もしかしたらこの鳥はつらい状況から脱出してきたのかもしれない。

 購入した理由としてはかわいいから気に入ったということもあるが、仕事などで力が入りすぎる私に気づかせてくれる存在だと思ったからだ。朝起きて一番に目につくところに飾っている。自分の羽で飛ばなくてもいいし、つらい状況からも抜けられる。

 数が多く、似ている絵も多いので、すごく価値が上がるかということは期待できないかもしれない。ただネームバリューがすさまじく、相当安く購入できたことと、かなりの作品数が旅立ったため下がりはしないと思う。また、高橋コレクションにも入ったらしい。すごい。

 というかそんなことはどうでもいい。
 この鳥も私を自由にしてくれるのだから。

Nerhol

Nerhol(Untitled)

○個人的解説

 2024年7月にYutaka Kikutake Gallery(東京現代)で購入してしまった。絵を買いすぎだという自覚はあった(デジャブ)。円安の影響で会社(メーカー)の🍆が太っ腹だった。どうしても欲しかった。買った。不思議だね。これはノーカンと言えない価格だった。

 Nerholは飯田竜太と田中義久の二人からなるアーティストデュオである。田中氏が構想を練り、飯田氏が彫る。

 Nerholはタイムラプスのように写真を撮り、それを重ねて削る彫刻のような作品を作る。そのため、同じ作品でも時間経過が分かる様になっている。
 ネルホルは境界をテーマにしている。時間が経過した写真を重ね彫る・練ると彫るで担当が異なることなどからもそれが伺える。もちろんもっと精神的にも境界はある。そのため絵の平面だけでなく、時間面・精神面でキュピズム的かもしれない。

 コレクションの作品はハルジオンだろうか。中央下部のところが分かりやすいだろう。日陰と日向の時が混在している。そして時間をかけて花が踊っているようだ。小さい自然。小さい生命。
 この作品は相当人気だったようである。4人くらい別に手を挙げていたらしい。

 この作品は千葉市美術館の個展で飾られるため、作品が額装されて手元に届くのは12月ごろだと思われる。
 この作品が本来の良さが発揮できるように、土色の細い額に入れて、膝下位の位置に飾ろうと思う。
 落合氏の作品でもそうだが、人間の目線に合わせるというよりは作品が生き生きしている場所に飾りたい。作品を愛しているからである。

 2024年の9月には千葉市美術館で個展がある。この作品も展示される。彼らは今後ますます人気が出ることだろう。作品には迫力と重さがあり、とても哲学的である。彼らが日本を代表するトップアーティストになることを期待する。

美術館貸出に関しては下記noteで記述した。


番外編:加藤泉

加藤泉(Untitled)。このサイトから引用。かわいい。

 2024年7月にペロタンストアで同居人が購入。ED50。そのため番外編にする。初めての絵画購入だったが、いい投資だったと思う。

 加藤泉は言わずもがな日本アーティストの中でも指折りのスターである。

 おまけで冊子が付いてきたが、今回は絵について記述する。土のようなものに男の子のようなものが埋まっていて、その上に蝶のプラモデルの組立図が貼られている。組立図の後ろには英語が透けて見える。
 おそらく最近の加藤さんのマイブームはヴィンテージプラモだったはずなので、そこからとってきたんだろう。よくわからないがかわいい。植物的にも思える。同居人は食物連鎖っぽいと言っていた。仕事机の横に飾っており、標本箱のような可愛さ。良い。 
 私個人としては加藤さんの作品は立体や版画より油彩画の方が好きである。しかし、この作品は版画の中ではかなり好きである。

 加藤さんはスターであるが故、作品もほぼ購入することができない。
 私は今までEDありの皿とプラモデルは見たことはあったがどちらも高価だった。これも安くはないが、すでに買い取り金額が購入価格を超えていてびっくらこいた。さらに上がるだろう。

補足:齋藤悠紀

齋藤悠紀 左:椿 右:ノカンゾウ(?)

 たまにリセールを考えず絵も購入する。残念ながら現代アート以外はリセールには向いていないという認識であるものの、値段次第になるが素晴らしい絵は見逃せない。

 こちらは齋藤悠紀氏の作品である。普段はnoteのようなガラス絵や版画を主に作成している。やはり癖でマイナーな作品を買ってしまう。

 作品事に見てみよう。椿の作品は逆さまになり、落下しているようである。描いている時に雨が降ってきたらしく、インクが滲んでいる。ノカンゾウの作品は片方は咲き、片方は閉じている。黒く変色している紙の方は閉じられており、そうでない方は開いている。私は閉じられた花が必死に闇から抜け出し、光にたどり着いたのだと感じた。
 こだわりポイントは2枚目の写真の配置である。これは私がお願いした。一枚ごとに額に入れても良いと思うが、詩的な作品はその良さを引き出すために空間が必要となる。さらにこの配置にしたことにより、花の先にある左下の空間で二つの花が出会うことになる。それも作品にストーリーを与えられていると思う。我ながら良い配置だと思った。
 どうしてもそれをやりたかったので、話し合いを重ね、この配置でお願いした。齋藤先生、お忙しい中わがままを聞いてくれてありがとうございました。

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