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【ゆるふわビジネスJournal】5月22日(月):オテルドミクニを閉店した三國シェフ、「人生100年時代の仕事哲学」を語る

こんにちは。おでかけ先生エンタメ英語塾統括のケンジです。
みなさんは、常に自己の成長を信じて一歩一歩努力する地道な人になりたいと思いますか。それとも、大きな変化を避けて平凡で日々の生活を無難に過ごしたいと思うほうでしょうか。
教養は人生を豊かにします。このシリーズでは、ゆるいサブカルからリベラル・アーツまで、日本と世界の知の巨人たちや国内外のメディアから、生きることの意義を考え楽しく生きる術を学んでいきます。

はじめに

【仕事・転職】三国清三さん「三流シェフ」で考える人生100年時代の仕事のありかた

東京四ツ谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフだった三国清三さんは、2022年12月28日、37年間営業した「オテル・ドゥ・ミクニ」を閉店しました。

日経MJの4月30日付けの記事に掲載された、料理界において卓越した成果を残してきた三国清三シェフの人生100年時代の仕事哲学について解説します。

三國シェフの仕事哲学

結論として、三国清三シェフの人生100年時代の仕事哲学は次のようにまとめられます。

結論:料理人としての人生をまっとうし「矢吹丈」のように燃え尽きたい

三国清三シェフの人生100年時代の仕事哲学は、常に料理人として全うし、自身のキャリアを追求することです。彼のように、年齢にとらわれずに新たな挑戦をすることが重要です。

日経MJ:70歳からの目標みたいなものはありますか。
三國シェフ:「人生100年時代のキャリアのモデルをつくりたいですね。後輩たちには70歳からでもスタートなんだと。僕の時代はなんといっても『あしたのジョー』です。やっぱり、矢吹丈。最後はリングの隅のイスに座って、真っ白になって燃え尽きるんですが、僕も料理界の矢吹丈として、燃えつきたいですね」

日経MJ4月30日付け記事より引用

結論にいたった理由

  1. 常に料理人として全うしたい思い: 三国清三シェフは、自分自身が料理人として真剣に向き合い、常に全うしたいという思いを持ち続けてきました。彼の師匠のように、1軒のお店を守りながら料理を追求する姿勢を尊敬し、自身もその道を歩むことを決意しました。

  2. 人生100年時代のキャリアの模範: 三国清三シェフは、人生100年時代においても新たなキャリアを築くことが可能であるという模範となっています。彼は料理人のピークとされる60代を過ぎても、新たな挑戦を追求するために70歳で新しいレストランを開く決断をしました。経験と情熱をもって自身のキャリアを再構築することができると示しています。

具体的事例

  1. オテル・ドゥ・ミクニの閉店と新たな挑戦: 三国清三シェフは、自身が30歳のときにオテル・ドゥ・ミクニを開店し、長い間営業してきました。しかし、常に料理人として全うしたい思いから、70歳になる来年、新たなレストランの厨房に立つためにオテル・ドゥ・ミクニを閉店しました。彼のように、一つの節目を区切って新たなステージに進むことが大切です。

  2. 人生100年時代のキャリアのモデル: 三国清三シェフは、人生100年時代のキャリアのモデルを築きたいと述べています。彼の例を通じて、後輩たちに70歳からでも新たなスタートが可能であることを示唆しています。若い世代には、自らの夢や情熱に向かって勇気を持って進むことを促しています。

まとめ:あらたな挑戦に年齢は関係ない

三国清三シェフは、人生100年時代において、常に料理人として全うし、新たな挑戦を追求する姿勢を持つことを提唱しています。彼の人生とキャリアの哲学は、以下の要点でまとめることができます。

  1. 自身のキャリアを全うする: 三国清三シェフは、料理人としての使命感と情熱を持ち続け、自身のキャリアを全うすることを重視しています。彼は常に料理に対して真剣に向き合い、高い品質と創造性を追求してきました。

  2. 年齢にとらわれず新たな挑戦を追求する: 三国清三シェフは、年齢を問わず新たな挑戦をすることの重要性を示しています。彼は60代を過ぎても、70歳という年齢で新しいレストランを開店する決断をしました。このような姿勢は、人生100年時代においてキャリアの再構築や新たな夢の実現が可能であることを示唆しています。

  3. 後輩や若い世代へのモデルとなる: 三国清三シェフは、自身の経験と成功を通じて後輩や若い世代に勇気やインスピレーションを与える存在となりました。彼の例を通じて、年齢や状況にとらわれずに夢を追い求めることの重要性を伝えています。

三国清三シェフの人生100年時代の仕事哲学は、料理人としての情熱と使命感、新たな挑戦への意欲、そして後輩や若い世代への模範となる姿勢を結集しています。彼の人生とキャリアの道筋は、多くの人々にとっての指針となり、人生100年時代の仕事観において重要な示唆を与えています。

【Birthday Music】Happy Birthday, Wagner!

5月22日は19世紀のドイツの作曲家、指揮者、思想家であるワーグナー(Wilhelm Richard Wagner, 1813年5月22日 - 1883年2月13日)の誕生日。

リヒャルト・ワーグナーは、19世紀ドイツの作曲家であり、その音楽はクラシック音楽界に革命をもたらしました。彼の略歴と音楽界への影響について解説します。

ワーグナーの略歴

リヒャルト・ワーグナーは1813年にドイツで生まれました。彼は作曲家だけでなく、指揮者や劇作家としても活躍しました。彼の最も有名な作品は「ニーベルングの指環」や「トリスタンとイゾルデ」などです。ワーグナーの音楽は、豊かな旋律や壮大なオーケストレーション、感情的な表現に特徴があります。

ワーグナーの音楽スタイル

ワーグナーは、従来のオペラの形式に挑戦し、新たな音楽のスタイルを築きました。彼は「楽劇」と呼ばれる独自のジャンルを開拓しました。楽劇は音楽と劇の融合であり、物語性や感情表現に重点を置いています。また、ワーグナーは作品全体を通してテーマを統一し、レイトモティーフと呼ばれる短い楽節を用いて物語性を強調しました。

ワーグナーの音楽界に与えた影響

ワーグナーの音楽は、後世の作曲家や演奏家に大きな影響を与えました。彼の楽劇の手法や音楽の革新性は、後の作曲家たちに新たな表現の道を開きました。例えば、ワーグナーの作品はリヒャルト・シュトラウスやグスタフ・マーラーに多大な影響を与えました。また、ワーグナーの音楽は映画音楽や広告音楽などにも頻繁に使用され、広く一般にも知られる存在となっています。

その影響力は音楽だけでなく、劇作や舞台美術にも及びました。ワーグナーの楽劇は、舞台上の演出や美術との一体性を追求し、新たな舞台芸術のスタイルを確立しました。この革新的なアプローチは、現代のオペラや演劇のステージングにも影響を与えています。

リヒャルト・ワーグナーは、その独自の音楽スタイルと革新的なアプローチにより、クラシック音楽界に深い影響を与えました。彼の音楽は、従来の枠組みを超えた表現と情熱的なメロディ、物語性の重視により、新たな時代の到来を告げました。

まとめると、リヒャルト・ワーグナーは19世紀ドイツの作曲家であり、彼の楽劇や音楽の革新的なスタイルはクラシック音楽界に革命をもたらしました。彼の豊かな旋律や感情的な表現、劇的な物語性は後の作曲家に大きな影響を与え、現代の音楽や舞台芸術にも多大な貢献をしました。リヒャルト・ワーグナーの作品は、クラシック音楽の歴史において不朽の存在となっています。

外部サイト:リヒャルト・ワーグナー

日本ワーグナー協会

当協会は「ワーグナーの芸術を探求し、広く紹介することで、日本の芸術文化に貢献すること」を理念に1980年に設立されました。以来、例会の開催(毎年、東京地区で10~11回、関西地区4回、中部地区1回)、会報誌(年4回)や年刊誌の刊行を中心にその活動を続けております。

日本ワーグナー協会理事長挨拶より引用

ペトルッチ楽譜ライブラリー

全世界的にコロナ禍が収束するなか、ビッグアーティストやオーケストラの演奏活動もますます活発化していきますね。

円安でチケット代がありえないぐらい高値になっているのは頭の痛い問題ですが、私個人的にはできる限り参加してこのnoteでもレポートしてきたいと思います。

ワーグナーの作品には有名な曲が多くありますが、今回h僕の独断と偏見で一番好きな「ニュルンベルクのマイスタージンガー」をお届けします。

指揮はイギリスの名指揮者、ゲオルグ・ショルティです。勇壮で壮大なスケールの演奏が素晴らしい曲ですので、一日の始めにこれで気分をアゲアゲにして、頑張ってください。




関西在住のWebライター/文筆家のタマゴです。私の書く文章があなたの人生を豊かにすることができていれば、ぜひサポートをお願いいたします。