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反新技術「ラッダイト」は誤った使い方?50~00年代の旧版辞書で大検証


昨今、人工知能周りの喧騒の中で「ラッダイト」という語が度々出てくる。

「ラッダイト」とは産業革命の渦中1811年から1816年に起こった「ラッダイト運動」で機械破壊運動を行った労働者。国語辞典によると

イギリスで、産業革命による機械の導入に反発した労働者の機械打ち壊しの集団。1811-16年頃ヨークシャーそのほかの工業地帯で暴動的な破壊運動(ラッダイト運動)を行った。

「ラッダイツ」 広辞苑 第七版(2018)

さて、「ラッダイト」は現代では新しい技術や方法に反対する人を指す反新技術的な語としても用いられる。

a person who is opposed to new technology or working methods
新しい技術や働き方に反対する人

「Luddite」 Oxford Advanced Learner's Dictionary(web)

しかし、古くはそういう意味ではなく単にラッダイト運動そのものを指す語であった。

「Luddite」語釈の変遷

それでは、現代における用法はいつ頃から用いられるようになったのだろうか?出版時期の違う辞書を調査、比較を行った。
古い順にその結果を示す。

機械破壊暴動(1811 - 1816年頃の英国職工)の

博友社 新英和辞典(1950)

産業革命(1811-16)において機械は失業の原因だと誤信して機械破壊の暴動を起こした職工団員

研究社 英和辞典(1960)

産業革命において機械を失業のもとと考えて機械の破壊・工場の厄払いなどの暴動(1811-16)を起こした職工団員

岩波書店 岩波英和辞典(1970)

産業革命さなかの1811-16年に、機械の使用が雇用を減少させたと信じて機械打ちこわしを集団的に行った英国の手工業(労働)者

小学館 ランダムハウス英和大辞典(1974)

ラッダイト運動の:産業革命時の1811~16年に英国北部・中部の手工業者が失業を恐れて起こした機械破壊の暴動についていう。

福武書店 オックスフォードカラー英和大辞典5(1982)

(person)opposed to change or improvement in working methods, machines, etc in industry

オックスフォード現代英英辞典 第4版(1989)

1.a member of a group of British workers in the early 19th century who destroyed industrial machinery because they thought it would cause unemployment.
2.a person who is against new technology.

Larousse English Dictionary(1996)

usually disapproving a person who is opposed to the introduction of new working methods, esp, new machines

Cambridge international Dictionary ob English(1995)

ラッダイト運動の参加者;機械化の反対する人[形]機械化(合理化)反対の

大修館 ジーニアス英和辞典 第5版(1998)

someone who is opposed to using modern machines and methods

LONGMAN Dictionary of Contemporary English(2009)

以上を見ると1980年代ごろから歴史的な意味以外に反新技術的な意味合いが記述されるようになっているのがわかる。語の使用と収録のギャップを考えると少なくとも1970年代後半から1980年代前半には反新技術的な意味合いで使われ始めていると考えることができる。

さて、最強の英語の辞典OEDの語釈には歴史的、反新技術的の二つが示されており、反新技術的な意味の語釈は以下のようになっている

One who opposes the introduction of new tevhnology, esp. into a place of work.
1970 New scientist Sept. They can be prevented by improved systems and organization. But first it is necessary to overcome the professional and official luddites.
1986 Econommist May By suggesting .. that the modern world has lost control of Luddites who would halt technology and therefore a lot of economic growth.
特に職場に新しい技術を導入することに反対する人。
1970 ニューサイエンティスト 9月 システムや組織の改善によって防ぐことができる。しかし、その前に専門家や役人の怠け者を克服する必要がある。
1986年 エコノミスト 5月 現代世界は、テクノロジーとそれによる多くの経済成長を止めてしまうようなラッダイトの制御を失っていると示唆する。

The Oxford English Dictionary(1989)

この解説では2つの用例が収集されている。1970年の用例の時点で「Luddite」は反新技術的な意味合いで使われていたようだ。

前述の辞典の語釈の変遷をみると1970年代ごろまでは専門領域の中で用いられており1980年代ごろには人口に膾炙したとみるべきだろう。

英文中にみる「Luddite」

luddite.” What's that?
luddite” is a person who attempts to halt industrial progress by tampering with or destroying the machines that may cost him his job. The use of the term in reference to George Meany is apparently an allusion to his belief that automation spells the doom of many workers’ jobs and therefore should be resisted by organized labor.

Evening star (Washington, D.C.), December 16, 1963

古い記述を複数得ることができなかったが1963年の問答において、既に「ラッダイト」が反技術的機械破壊者として記述されている。辞典と比べるとこれが大西洋を越えるほど人口に膾炙したのが1970年代から1980年代ということだろうか?

日本語での「ラッダイト」の変遷

資本家たちは、現代におけるラッダイトである

ファシズムと社会主義革命(1974)

たんなる現代版「ラッダイト」としてではなく~

行政外来語・略語辞典(1975)

われわれは二十世紀のラッダイトとなり、高度工業文明の根底的破壊を~

現代社会と自由の運命(1978)

貧困への怒りと悲しみを機械にぶちまけたラッダイトや、仲間の理不尽な解雇に発する激情的ストライキ等々は背景に退き~

遠い記憶としてではなく、今 : 安保拒否百人委員会の10年(1981)

労働者の運動や暴動-例えば、ラッダイト運動-を規制し~

商経論集 20(1/2)(1984)

先進国のNGOの理念や活動が、しばしば「飽食者のラッダイト運動」として表出されたりすることを~

Plaspia (79)(1992)

いたずらに恐怖心を煽るテクノロジー批判を事とするラッダイトと考えていてお粗末な科学を振り回して~

海外の市民活動 (85)(1997)

辞書で反新技術的な語釈の出てきた時期を見てみると70年代では「ラッダイトのように」という話され方で、80年を境に「ラッダイト≒機械破壊運動者」というようになってくる

90年代にはエコなどと絡んだ表現として「ラッダイト」が登場するようになり、ここにおいて反新技術的な使われ方がなされたようだ

まとめ

英語「Luddite」においては少なくと60年代には反新技術的な意味合いとして、80年代までには一般化したようだ。日本語「ラッダイト」は80年代に機械破壊運動として90年代に反新技術的な表現として用いられるようになったようだ。

日本語の辞典では「ラッダイト運動」はあるが大型辞典においても「ラッダイト」のみの立項はない。前述の調査結果も考慮するとそもそも日本語では一般的には用いられてこなかったと考えられる。

言葉は変遷するものである。100年10年前と今の語の使われ方が大きく違うことは間々あることである。

本語においてもそうである。英単語「Luddite」はもともと運動そのものを指していたが、少なくとも60年代には辞書においては80年代には反新技術の意味合いでの記述が為されている。

一方で、日本語においては大辞典にも記述はなく、日本語で「ラッダイト」といった場合は「ラッダイト運動」を指す。そういった意味で、日本語的には「Luddite」の反新技術的意味合いは薄い。しかし、少なくとも90年代には「ラッダイト」に反新技術の意味合いは見出されていたようである。然らば現代においてそれを用いることは必ずしも間違いではないだろう。

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