見出し画像

かぷかぷドラマ17話 走れ、ディオニス

みなこ≪上野で飲んでる。もう酔っちゃった~~!!!! 世界なんてマジ滅んでしまえ!!!!!!れ!≫
みなこ≪{画像を送信しました}≫
 
 たっちゃんとの十一か月記念日。わざと男の子と肩を組んで、自分から写真を撮っている画像を送りつけてやった。
 
タツト≪なにこれ 楽しそう≫
 
でもたっちゃんは、まったく嫉妬のかけらもしてくれない。
みんなの前なのに、ちゃんと楽しそうにしなきゃいけないのに、脳から目頭にかけて熱く委縮する感覚が、金槌のような質量を持って、襲い掛かってくる。
 
みなこ≪もう無理!!≫
 
「え~どうしたのみなちゃん大丈夫~?」
 リエが私の頭を抱き寄せるようにして撫でる。
「わ、みなちゃんヤバいじゃん」
「どうしたの~?」
「おもろい(笑)」
 揺れる視界の隙間から、リエの黒いプリーツスカートが見える。ああ、私もリエみたく、もっと華奢で、骨格ウェーブで、ブルべで、何事も悲観的にとらえず、変な意地を張ることもなく、すべてをそつなくこなせたら。たっちゃんも私のことを、好きでいてくれたのかもしれない。
 物事を悲観的に考え始めると、歯止めが利かなくなる。
「みなちゃん、これ飲みなよ。飲んで忘れよ。ここだけは非現実世界だよ。」
 目の前のゆうすけくんが、私にテキーラを持たせた。
 ああ、軽い。軽すぎる。これで私が酔え、すべてを忘れて楽しめるとでも思ったのかこの男。
「あれ~~!? みなちゃんがなんか持ってる!!!」
みんなの視線が集まる。
「なーんで持ってんの!! なーんで持ってんの!! 飲み足りないから持ってんの!! それ飲んで飲んで飲んで! 飲んで飲んで飲んで!!」
 半ば周囲の期待を一身に背負った勇者のような気持で一気に飲み干し、レモンをかじる。酸味が口内すべてを刺激し、テキーラのコクのある苦みや甘みをすべて消し去る。それでも体の中ではしっかりとアルコールが溶け出し、おなかで暴れる予感を残す。現実と非現実に似ている。結局、この場でいくらお酒を飲んでも、いくら楽しくても、私の現実は変わらない。自分の問題や傷口をガムテープで覆って、一時見えないようにしているだけ。
 
タツト≪#無理 とは≫
 
 スマホの外側から通知音が響く。ああ、孤独なのだ。私はこの世の闇を一身に背負った黒の塊。一瞬でも期待してしまった、汚く、純粋な黒ではない、黄土や赤、黄色が混ざった黒の塊。 多分たっちゃんは、今日が私との十一か月記念日だってことも知らない。
 
みなこ≪たっちゃん、部屋汚いよね? 今すぐ片付けて。≫
タツト≪え~? なんで?≫
みなこ≪いいから≫
タツト≪誰か呼ぶの?≫
みなこ≪呼ばないけどいいから片付けて≫
みなこ≪片付けたら写真送って≫
 
 一息に打った。またテーブルに、十個ほどテキーラが運ばれてくる。
「サーティワサティワンサーティーワン!!!」
誰かがそう叫ぶと、右回りに一から三つずつ数が数えられていく。
「十五、十六!」
 私はたっちゃんの返事を静かに待つ。
「にじゅはちにじゅく、三十~~??」
左隣のリエがもったいぶった様子で呪文を唱えると、周りが一斉に沸き立つ。
「はいサーティワサティワンサーティーワン!!!」
私はまたテキーラを一気に飲み干し、レモン。被害者になり切る。
「そんな~? みなんちゃんからはじまる~??」
「いぇい!」
もう知らない。どうとでもなれ。
「ゴーバックジャンプ! ゴーバックジャンプ! ジャンプ!!」
私がそう唱えると、右二つ隣のアミちゃんがゴー! と言った。ゲームは進んでいく。
 
タツト≪{画像を送信しました}≫
タツト≪{画像を送信しました}≫
 
 来た。ホントに綺麗にしてくれた。でも、わたしが受けた苦痛は、啜った泥は、こんな生易しいものじゃなかったはずだ。
 
みなこ≪いいじゃん。今日私たっちゃんちいくからさ、アイス買っておいて?≫
みなこ≪ばにら≫
タツト≪は?≫
みなこ≪おねがい!≫
みなこ≪{スタンプを送信しました}≫
タツト≪酔ってんだろお前≫
 
誰かがまたテキーラを飲む。
「あぶりカルビゲーム!!!!」
 
タツト≪{画像を送信しました}≫
みなこ≪MOWじゃないじゃん≫
みなこ≪MOWのチーズ味が好きって言ってたじゃん私。嫌い。≫
タツト≪は? バニラって言ってたしなんなのお前。俺買って来たんだよ?≫
 
 皆酔いが回って、ゲームのテンポが速くなる。アルコールで脳のしがらみが解け、思考が加速する感覚。大好きだからこそ、狂うくらいに互い、依存したいからこそ、たっちゃんをいじめたい。苛め抜きたい。今までよくも、苦しい思いをさせてきたこの男に、徹底的な制裁を加えたい。私の前にひざまずかせて、足の指の間から、毛根の穴という穴を舐め尽くさせたい。
「みなちゃんスマホとにらめっこ禁止~!」
ゆうすけくんに、ふいにスマホを取り上げられた。
「え~~~なんで、かえして、かえして!」
幼い子のように身体をくねらせ、駄々をこねてみる。
「だめ~~!」
ゆうすけくんの隣に座り、息がかかるくらいに顔を近づけ、
「ゆうすけ、かえして?」
高い声でささやいてみる。みんなは違う話で盛り上がっている。
 徹底的に不幸になりたかった。いつでも被害者でありたかった。男に屈服してほしかった。でも、本物の愛が欲しかった。いつまでも無くならないものが欲しかった。
 
みなこ≪ごめん≫
みなこ≪今日、0時には店出るから、中野の北口まで、来てほしい……。≫
 
 たぶん、たっちゃんは迎えに来ない。
 
 人間は、いつでも矛盾を抱えている。私を不幸にしてくれる彼が好きで、幸福にしようとしてくれる君は、好きじゃない。不幸になることで幸福を感じるのか。いや、それは明確に違うとわかる。私はただ、血を吐き、鎖でつながれた私の姿が好き。その姿を維持したまま、誰からも認められ、美しいと思われ、骨髄まで染み渡る愛を感じたい。たっちゃんでは、思う存分血が吐けた。でも、そんなたっちゃんを、私は憎く思ってしまう。
 さっきの居酒屋とは打って変わって、ベッドの上は静かだった。カーテンから少しだけ月が見えて、こんな私にも優しくしてくれるように思えた。
 ゆうすけくんが代金を全て払って、外に出ると夏なのにうそみたいに涼しくて、時計を見ると午前一時だった。
 イヤホンをすると、寺尾沙穂の『魔法みたいに』がかかった。
私は泣きもせず、中野の北口まで走った。

この記事が参加している募集

私は私のここがすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?