【Review】BEACON／KEMUI - 上げろ、復活の狼煙
生息地はアンダーグラウンド。だがいつだってサグでもギャングでもない、市井の目線から無二の言葉を紡いできたMC・KEMUIが遂に現行HIP HOPシーンに帰還する。1996年より朧車（OBORO）としてキャリアをスタートし、漢やRUMIといったハードコアなMCsの中で鎬を削りながら牙を磨き続けてきたKEMUI。その武器はワンワードに何層もの意味を含ませる筆力と、そのヘヴィな世界観を軽快に聴かせてくれる歯切れの良いフローである。
これまでに『BLUE SCREEN』(2007)、『Deadliest Catch』(2011)と二枚のアルバムをリリースしてきたKEMUIが、実に12年ぶりの3rd アルバム『BEACON』をリリースする。BEACONとは狼煙、灯台、発信機といった意味を持つ単語。ジャケットには煙に巻かれた地球儀とクラシカルなタグ。アートワークを担当したのはアパレルブランドも手掛けるQUIETPATHとKEMUI自身。ビートメーカーは『Deadliest Catch』からの続投となる盟友Cloud Ni9E。そして福岡のDOPE MC・FREEZとの楽曲「冥府魔道」も手掛けたLILZAMに、同じく福岡の名匠mots、東京を拠点とするDJ 1anも参加する。今回はキャリア初となる客演なしのマイク一本勝負だが、援護射撃としてDMC JAPAN CHAMP・DJ 宮島のスクラッチが加わる。マスタリングにはジャンルを問わぬ活躍を見せる沖縄のQuanata Recogniz。KEMUI自身が手繰り寄せた層の厚いメンツが交差し上がる復活の狼煙。それが『BEACON』。
その始まりを告げるのはアルバムタイトルを示すintro的楽曲#1「狼煙」。DJ 宮島の鋭いスクラッチの後にKEMUI渾身のアカペラスピットが炸裂する。冒頭からビートに頼らず魅せるそのスタイルからは玄人MCの矜持と胆力をひしひしと感じられる。ガチガチのライミングにキレあるラップは流石の堂々たるものだが、ラストの「誰でもいい 聴いて欲しい」という低姿勢な言葉とのギャップがラップに良いケレン味を帯同させている。
続く#2は先行リリースされた「ゾク・カクセイ」。ドラムが力強いCloud Ni9Eの太いループにKEMUIが含蓄深いワードで押韻していくHIP HOP指数の高い本作のキラーチューン。円熟した言葉選びから狼煙を上げリスタートする気概と覚悟を受け止める。重いサウンドながらキャッチーなフックが気持ち良い。からの#3「荒ぶる名無しのMCさん」は昔ながらの日本語ラップファンなら思わず「これこれ」と頷くディープにうねる魔界楽曲。流行りに左右されない27年来の一本気なスタンスと磨いた鋭い牙の破壊力に唸る。謙虚な強硬派ぶりと、ポップカルチャーへの造詣の深さと引き出しの多さから“KEMUIらしさ”を強烈に感じ取ることができる象徴的な一曲だ。
本作のハイライトとなるのが#7の「意識武装 ft.DJ 宮島」。motsプロデュースの洒脱でシックなビートはKEMUIがラップを乗せる上での最適解。タイトかつグルーヴ感たっぷりに描出するリリックは非常にコンシャス。毒が蔓延する社会をテーマにあらゆるトピックを拾い上げるIQの高い楽曲。「案ずるよりも書くが易し」という一節が強烈に耳に残る。細分化されたライムが押し寄せるフックが痛快。#9「彼方からの通知」は「冥府魔道」でも足跡を残したLILZAMプロデュース。本作品の関係者各位へ花束を手向けた予想外のメタ楽曲。一人一人丁寧に語っていく辺りに人情味と爽快感を感じるが、サウンドがダーティという温度差が面白い。HIP HOPには感謝が大事ということを久々に思い出した。
そしてラストを飾るのはやはり盟友Cloud Ni9Eプロデュースによるアウトロ#10「あとがき」。友人に別れの挨拶をするかの如きトーンで素直な感情を吐露する。そこから感じる苦労と気遣い、そしてほどほどの気合い。流石の堅気っぷりだ。アングラ叩き上げでこれほどの親近感を出せるのは唯一無二だろう。思わず別れが惜しくなり、再び#1に戻る。このループからは中々抜け出せそうにない。
『BEACON／KEMUI』
1. 狼煙 pro.Cloud Ni9E
2. ゾク・カクセイ pro.Cloud Ni9E
3. 荒ぶる名無しの MC さん pro.Cloud Ni9E
4. Seventh Heaven pro.DJ 1an
5. staying@midnight_day2 pro.Cloud Ni9E
6. ちぎっては投げ pro.Cloud Ni9E
7. 意識武装 Pro.Mots
8. MIX ジュース pro.Cloud Ni9E
9. 彼方からの通知 pro.LILZAM
10. あとがき pro.Cloud Ni9E
2023年11月2日リリース
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