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映画『WAVES/ウェイブス』プレイリスト解説(ネタバレ) 後編

前編はこちら。引き続きネタバレ満載なので未見の方はご注意下さい。

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【ネタバレあらすじ-後半-】
後半の主人公はタイラーの妹であるエミリー。
タイラーがアレクシス殺害の罪で逮捕され、家族はバラバラになってしまった。母と父の関係はすっかり悪化し、兄が殺人犯となった事で学校でも孤立し、孤独な毎日を過ごしていた。
そんな中、彼女の前にすべての事情を知りつつ好意を寄せるルークが現れる。ルークの不器用な優しさに触れ、次第に恋に落ちていく二人。エミリーはルークも自分と同じように父親との間に確執があり、長く会っていないと知る。その父親は遠くの病院で病に伏しており、死期が近いのだという。
これまで距離のあった父親と初めて向き合ったエミリーは、ルークに父親に会いに行こうと提案する。そうしてロードトリップに出た二人。道中愛を深めながら辿り着いた病院でいよいよ父親と対面するルーク。かつて歪みあっていたにも関わらずいざ焦燥しきった父と対面するとと想いが溢れ、これまでの時間を穴埋めするように抱き合うルークと父。初めて親子らしい時間を過ごし、父の最期を看取るルーク。その姿を見て、家族という切っても切れない絆を実感したエミリー。そうして二人の旅は終わり、日常に戻った。
それぞれが痛みを抱えながらも、愛を頼りに生きていく。荒波に揺られ、浮き沈みを繰り返しながら。こうして物語は幕を閉じる。

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Moonlight Serenade
by Glenn Miller

エミリーとルークがはじめてデートするダイナーで一瞬流れるのがGlenn Millerによる不屈のジャズ・スタンダード『Moonlight Serenade』。
時を超えて世界中で愛されるこのロマンティックで甘美なメロディはこれから二人の間に生まれる強固な愛を予感させる。

What a Difference a Day Makes
by Dinah Washington

同じくダイナーで流れるWhat a Difference a Day Makes 。

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前編の記事で述べた通り、この映画では対比表現が多様されている。本楽曲もそのひとつだ。本作でこの曲が使用されるのは二度目。共にこのダイナーでのシーンだ。改めてこの曲の歌詞は以下の通り。

♪What a difference a day made
 Twenty four little hours
一日でこんなにも違うなんて
 たった24時間過ぎただけなのに

前半でこの曲が使われたのが、礼拝の後の家族での食事シーン。それはとても幸せに満ちた理想的な家族団欒の瞬間だったが、その後のたった一つの、たった一日の出来事が、家族のあり方を変えてしまった。輝いていた未来は暗闇に覆われてしまった。今や兄は殺人犯、父と母の関係も冷え切った空っぽの家族。その中で孤独を抱えて生きていたエミリー。
でも彼女はルークと出会った。そのたった一つの、たった一日の出来事が、暗闇に覆われた彼女の人生を大きく変えるのだ。

Loch Raven (Live)
by Animal Collective

エミリーとルークの距離が少しずつ近付いていくシークエンスで流れるのはAnimal CollectiveのLoch Raven。

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恋に落ちた時の鮮やかな活きた感情を表すためライブバージョンを使用している。この曲自体は浮気について比喩的に歌ったものだが、この曲でリフレインされるのがこの言葉。

♪I will not give up on you
あなたを見捨てない

これは悲しみの淵にいたエミリーに対する救いを表していると思われる。愛は彼女を見捨てない。この家族がクリスチャンである事から、神は彼女を、その家族を見捨てない、という意味も込められているのかもしれない。

How Great (ft. Jay Electronica & My Cousin Nicole)
by Chance the Rapper

ドライブデートの途中、エミリーがルークを見つめながら流れるのがChance the RapperのHow Great

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クリスチャンであるChanceらしく、ゴスペルとヒップホップが入り混じったパワフルなこの曲の冒頭を飾る神々しいコーラス。

♪How great is our God
Sing with me, how great is our God
All will see, how great is our God
偉大な我らの神よ
共に歌おう 偉大な神よ
全知は知る 偉大な神よ

この曲の導入部のリリックは、最も愛されているクリスチャン・ミュージックのひとつであるChris TomlinHow Great Is Our Godを引用したもの。
神を称え、全てを包み込まんとするこの曲の言葉は、見つめ合う二人のこれからを祝福する希望の鐘のように鳴り響く。

Sideways 〜 Florida by Frank Ocean

今作ではFrank OceanのヴィジュアルアルバムEndlessから4曲が使われている。うち2曲がこのシーン。

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Endlessの曲順と同様、Sidewaysの曲末からFloridaへ流れるように繋がり、エミリーとルークがフロリダの夏を謳歌する様を彩る。Floridaは30秒程度の短い曲だが、そのエモーショナルな音はフロリダの美しい夏を思わせる。
エミリーが勇気を出して川の中へジャンプすると同時にこの曲が流れるが、それは孤独で人と関わろうとしなかったエミリーが人との繋がりの中へ一歩踏み出す様を表している。

Rushes (Bass Guitar Layer)
by Frank Ocean

両親の言い争いを聞いてしまい、家族間にできた深い溝を目にして悲しみに暮れるエミリー。その後のドライブデートでエミリーはルークに家族の話をする。

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そのシーンで使われるRushesのインスト。この曲も本作で使われるのは二度目。一度目はタイラーとアレクシスがお互いの不安を打ち明けるシーン。二度目がエミリーとルークがお互いの痛みを打ち明けるこのシーン。ここもこの作品における前半・後半の対比的なシーンの一つである。

Bluish
by Animal Collective

お互いの家族の話を打ち明けてまた距離が近付いたエミリーとルーク。その後のパーティで流れるAnimal CollectiveのBlush。鮮やかにトリップするようなサウンドに包まれ、芝生の上ではしゃぐ二人を描く様は劇中屈指の幸福感に満ちたシーンだ。

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またこのシーンも前半との対比表現になっている。パーティで初めてのドラッグをキメてハイになり愛を深めるエミリーとルーク。一方前半でアレクシスとの関係が崩れかけ、ドラッグをキメて全てに怒るかの様にパーティで騒ぐタイラー。同じドラッグを用いた表現でも、そこに込められた感情は相反するものである。

Pretty Little Birds (feat. Isaiah Rashad)
by SZA

パーティの帰り道、車の中で流れるSZAのPretty Little Birds。愛の為に生きて、愛する人と共に飛び立ちたいという気持ちが込められたロマンチックなラブソング。それはそのままエミリーとルークの美しく若い愛を表している。
ここも前半との対比が印象的なシーン。車の窓から顔を出して悲しみからの開放と幸福を噛み締めるエミリー。

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そして前半の全てに怒りを感じていたタイラーのシーンが以下の通り。ここでも同じような映像表現がなされているが、そこに現れる感情は真逆なのだ。

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Seigfried 
by Frank Ocean

父親と初めて本音で語り合ったエミリーはルークへ決別した父親に会いに行くように提案する。そうして始まる二人のロードトリップ。その後ろで流れるのがFrank OceanのSeigfried。
このシーンも前半の幸せに満ちていたタイラーとアレクシスとの対比となっている。色彩鮮やかに光り輝く若い恋。
映画冒頭と同様にこのシーンで二人は橋を渡る。プレイリスト解説前編で述べたようにこの作品で橋は対照的な二つを繋ぐモチーフとなっている。悲しみの淵にいたエミリーが幸せな日々に変わったように、今を精一杯生きる二人が死期を迎えるルークの父親に会いに行くように、幸と不幸は、生と死は繋がっているのだ。

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Seigfriedは別れの歌であると同様に、彼の持つ死生観を歌う曲でもある。非常に難解な歌詞であるが、生と死を描くこの一連のシークエンスに非常に優しく、美しく溶け込んでいる。

♪Speaking of Nirvana, it was there
Rare as the feathers on my dash from a phoenix
There with my crooked teeth and companions sleeping, yeah
Dreaming a thought that could dream about a thought
That could think of the dreamer that thought
That could think of dreaming and getting a glimmer of God
涅槃の話をしようか 確かにそこにあったんだ
ダッシュボードに不死鳥の羽が落ちるくらい珍しいことだけど
そこには俺の並びの悪い歯と眠っているツレがいて
深い深い夢を見た
その夢の中では思い描いた人がいて
その夢の中では神の光を見ることができた

True Love Waits
by Radiohead

エミリーはルークと共に彼の父親の最期を看取り、どんな過去があっても消える事のない家族の絆を目の当たりにする。それはどれほど恨んで、嫌いになろうとも決して断つ事ができない糸。エミリーはタイラーを憎いと言ったが、それでもタイラーは家族で、愛する兄に変わりないのだ。
True Love Waitsの優しいメロディと共に、其々の時間は動き出す。愛が持つ斥力に導かれ、人と人が支え合いながら。元どおりとはいかなくとも、開いた傷口が少しずつ癒える様に、押し寄せた荒波が引いていく様に。

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♪And true love waits
In haunted attics
And true love lives
On lollipops and crisps
真実の愛は待っている
お化けの出る屋根裏部屋で
真実の愛は生きている
キャンディやポテトチップスの上で

Just don't leave
Don't leave
離れないで
どうか離れないで

どんな悲劇に見舞われようとも、その先のどこかできっと真実の愛が待っていて、傷ついた心を癒してくれると信じたい。

Sound & Color
by Alabama Shakes

再び輝きを取り戻したエミリーの日常。オープニングと呼応する様な、自転車を漕ぎ進めるエミリーの映像でこの物語は幕を閉じる。
そして美しい色彩のエンドクレジットと共に、この映画をそのまま映し出した様なAlabama ShakesのSound&Colorが流れる。

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A new world hangs
Outside the window
beautiful and starnge
窓の外に新しい世界が広がっている
それは美しくて不思議な世界

Sound and color with me in my mind
And the ship shows me where
この心の中にある音と色が
そしてこの船が行き先を教えてくれる

Life in sound and color
人生は音と色で溢れている

人生は鮮やかで美しい音と色で溢れている。
この曲のように。この映画のように。


最後まで読んで頂きありがとうございます。