心の余裕は色気?(長澤まさみの魅力を考えたとき)

男友達(渋い系へ進むであろうイケメン 中身は19歳)が長澤まさみのことを絶賛していた。色気がやばい、日本国民は彼女が出ている全映画を見るべきだ、と。
確かに綺麗だけど、そんなにか?と思っていた(僻みじゃないで。笑 私のお色気ジャンルの推しは椎名林檎)。けど、そこにいた女友達(頭キレキレのIQ150の不二子系美人と、コーギー系の愛嬌で世界ランキング1位のキュート系美人)が彼女の魅力はなんぞやと教えてくれた。見せてくれたのは、ある有名人の誕生日パーティーの華やかな集合写真だった。彼女は後ろの端の方で、若い女優と肩を組んで笑っていた。不二子は、その余裕こそが彼女の色気なんだ、と言う。私だったらカメラがありやぁガッつき、センターを勝ち取ろうとする、と(そう言うことを自分で言っちゃうあんたが好きだわ…)。さらにコーギーは都心で彼女をみたことがあると言う。シンプルなスタイリングで、真っ黒のマウンテンバイクを手で押しているところを目撃したらしい。控えめな見た目なのに、オーラがあった…美しかった…と、羨望を込めた目で言っていた(憧れの誰かを話す時の顔って誰でもめっちゃ可愛いよね!! 恋してるみたいで。)。そこからもなんとなく感じるのは、やっぱり持て余すような余裕だ(オシャなママチャリじゃないのがポイント高い )。
というか、余裕とは何か? 辞書によれば、ゆとり、だと言う。じゃあ気持ちに余裕があると、立ち居振る舞いに色気が出るのか?と考えてみた。振り返ってみると、今までで1番イケてた上司は、いつも余裕たっぷりで、いつでも穏やかだった。かつ、なぜか色っぽかった(男性38歳)。余裕とは、自分自身で心を穏やかにする一種の要素であり、やばい状況でもユーモアに繋げられるゆとりがあることで、周りの人に安心感を与える為の、必要不可欠な努力の結晶であるのかも(自分の機嫌を自分でとれる大人ってほんと少ない。余裕を生み出す自制心がある大人になりてぇ)。彼に似合う言葉はダンディズムだった。その言葉を女性版にしたときに、色気になるような気がする。
そう考えたとき、私もダンディズム女になりたいと思った。長澤まさみの見た目はなくても、背後から滲み出るものはとりあえず演技でどうにかなるのでは? だから、心に余裕を自分で生み出す自制心を身につけよう。その努力が取ってつけたような演技ではなく、体に馴染み自然になったとき、私から生まれる優しさは本物になると思う。イライラするなぁと感じたら、「俺はまさみだ」と思い込もう。

#日記 #エッセイ #長澤まさみ #色気

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