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#012「自己犠牲」が好きな僕らはまるで管理職に向いてない

どうも、あいばんです。
6月と7月は出張が多かったり、残業が多かったりでどうも落ち着かない。
そんな時、ふと「自分の身を削ること」について、考えてみたんですね。


最近は、どこの職場も慢性的に人手不足でしょう。
TDB(帝国データバンクのこと。自然に略せると格好いい)の調査でも
全体の過半数である53%の企業が人手不足を感じているとのこと。
私たち金融業界だけで見ても、65%の企業が人手不足を感じているようです。実際、毎月そこそこの人数が退職している印象です。
そんな中で残った人たちの負担はどうなるのか?
業務量は簡単には減らせず母数だけがガンガン削られていくことになるので、当然ですが増加します。
そんな時、短期的な施策で社員の不満を解消するにはどうするのか?

全社員に対するベアを行っても、物価が上昇しているので社員たちは
当たり前のように感じ、「遅せぇよ」とは言っても感謝の言葉なんて、ほとんど出ることはないでしょう。(正直私も「遅いかな、、、」とは思いました)

そうなると会社に残された打ち手は何があるのか?

もちろん、「昇進・昇格」の一手になるわけです。

というわけで年々、役職持ちになる人数が加速している気がします。
しかし、人数は相変わらず減り続けているのでほとんどプレーヤーと変わりません。
そんな時、表立って重宝されるのは誰か?それは「自己犠牲」を厭わない役職者です。争いを好まず自分より他人を優先し他人からの要求に応えるべく文字通り骨身を削るタイプですね。
このタイプの人は平社員の頃からその働き方をしていた人がほとんどで、年配のお姉様が多い日本の金融機関では非常に好まれるタイプです。

なので、持ち込まれる相談事の量が他の人比べて桁違いに多くなります。
本人も相談者が困っているのなら助けてあげたいと思っているので、基本的には全部引き受けますし誰かに放り投げることなんてほとんどしません。

ただ、そんな人がチームを作ってしまうと基本的に地獄だと思うのです。

最初のうちは断らない案件が来ても、自分で堰き止めるのであまり表面化することはありません。チームができて回っていくとだんだんと一体感が出てくる時、そこが危険なのです。
「自己犠牲」型の人が自分とチームを一体化させた時、何が起こるのか?

チームメンバーにも「自己犠牲」を強いるようになるのです。

ある人は強い言動で、またある人は柔和な態度で。

それはなぜか?自分とチームを同一視しているからです。

チーム≒自分なので、チームメンバーの自己犠牲がないことがまるでおかしく感じられるのです。

管理者に求められるのは今のメンバーで出せる戦果を最大限引き上げることのはず。

勇猛な将が一人で突っ込んで満身創痍で戦果を上げることは讃えられても
チームが多大な犠牲を払って勝利した時、喜ぶのは現場にいない人たちだけです。

だからこそ「自己犠牲」が好きな僕らは管理職になるべきではない。

管理職になるなら、この考えを捨てていくべきなのです。

問題はどうやって捨てるのかですけどね。

それではおやすみなさい。

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