美味しいWの殺し方③

 彼女とは高校一年生のときからの付き合いだ。
 クラスは全部で十あるうち、私はA組、彼女はJ組で、教室はそれぞれ長い廊下の端と端に位置していた。最初は顔を見たことがある程度だったが、友人の友人のそのまた友人ということで、たまに同じ会話の輪のパーツに嵌るくらいの間柄になった。
 切れ長の目で、ひょろりと腕も足も体躯も細長い、ついでに髪も真っ直ぐ長い、白黒のチンアナゴみたいな彼女は、口数が少なくて、喋っているところをほとんど見たことがなかった。だからといって孤高の一匹というわけでもないのであった。時々十円のサクサク棒状駄菓子チキンカレー味と引き換えに、誰かの書道の提出課題を、代わりに凄まじく流麗な文字で書き上げてみたり、部活バカの面々に夏休みの課題を一ページ三アーモンドキャラメル換算で写させてあげたり、時には合唱部の伴奏のピンチヒッターを務めたり、なんてこともしていた。
 一方の私は絵に描いたような粗忽者で、何かと悲鳴をあげたりあげられたりの高校生活だった。文化祭の仮装コンテストでは、馬に乗った騎士のつもりが、気付くと白塗りのケンタウロスになって街を練り歩き、友人を爆笑させ、通行人を戦慄させた。憧れの先輩と好い雰囲気で歩いているときに、巨大なモスラさながらの蛾が額に不時着し、怪鳥のような悲鳴をあげつつ潮臭くよどんだ運河に転落したりもした。もちろん、思い描いた彼との甘い未来はこの機会に全て無に帰した(ちなみにそれ以来、〔虫〕という字を見ただけで鳥肌が立つくらい虫嫌いになった)。ほかにも色々あったがいわゆる黒歴史なのでここでは語らないでおく。

 そんな私と彼女とは偶然同じ大学に進学して、学部は違ったけれども同じサークルに入ったのだった。
 まだ講義が始まらない四月早々、新入生とかかれば見境なく襲い掛かるサークルや部活動への勧誘の荒波にもみくちゃにされながら、呼吸がしたくて水面を目指す海獣のごとく、ひとり私はキャンパスの外れの池のほとりまで逃亡してきた。
 池を囲む木々の奥には、手入れされていない薄汚れた二階建ての灰色の建物が、キャンパス内の喧騒なんて知りませんよ、と言わんばかりの顔でそっけなく建っていた。所々ひびの入った壁には深緑色のツタが数本、申し訳なさそうに這っていた。
 一階の窓が少し開いていて、中から建物のやる気のなさとは対照的な軽快なベースとドラムの音が漏れ出ていた。私の語彙力では表現ができないくらい、何だかすごくかっこよかった。窓から中が見えるかなと伸びあがったとき、視界の端に見たことのある顔を見つけた。彼女だった。
 彼女は池のほとりの金具が錆びて色褪せ、板も朽ちかけたベンチに腰掛けていた。スキニージーンズに緩めのニット、メンズライクな靴の彼女は、制服の時より遥かに大人びて見えた。おそらく違う角度から発見していたら彼女と分からなかっただろう。池の蓮を見つめながら何やらボーっとしていたが、手にはあの棒状十円駄菓子が握られていた。(続く)

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