美味しいWの殺し方②

「今日はガンボスープ。アメリカ南部の家庭料理らしいよ」
そういって彼女は私の前にお皿を置いた。食欲をそそるスパイシーな香り。赤いスープに鮮やかな黄色のパプリカと緑のオクラ。紅白縞々のエビ。そして青緑のパセリに黒コショウ。真っ白な湯気がほわほわと立ち上りおなかが鳴る。
「では、いただきます」
 ひとさじすくって口に運ぶ。コンソメの濃厚な味わいが拡がってすぐに、ケイジャンスパイスのパンチの利いた香りが内側から鼻をくすぐる。鶏肉はほろほろと口の中でほどけ、噛みしめると旨味が十二分に溶け込んだ汁がじんわりと染み出す。オクラはとろりと優しく崩れ、エビはぷりぷりと口の中で弾んでいる。喉に流し込まれたスープは最後にピリリと黒コショウの余韻を残す。
「美味しいよね、これ。野菜もたくさん食べられるし。我が家の新しい定番にするんだって」彼女が三日月のように目を細めながら言った。
「うん、これめっちゃ美味しいね。レシピ欲しいな」
「あとで聞いてみる。メールで送るよ」
「ありがとう。ていうか、今日もやっぱりいないんだね、作った本人は」
「うん…誰がきても絶対そうなの。人見知り選手権殿堂入り」
「リョウくんの姿見たこと、結局一回もない気がするんだけど。付き合ってる、って聞いてからもう20年も経つのに」もうこの家に幾度もお邪魔してこうして彼の手料理を味わっているのに。確実に足跡を残したり動画が撮られていたりするにもかかわらず、いつまでもハントできない幻の珍獣みたいだ。
「いや、あるはずだよ、大学二年の夏に一回。サークル室に迎えに来たよ。バンドの練習終わったとき」彼女は瞬時にSSDにアクセスしたかのようにさらりと即答した。「七月終わりのライブエクスチェンジ前にチラッと」
イベント名からその内容を思い出すまでに私の脳内HDDはしばし沈黙した。
「いやいや、あれ夜だったじゃん。暗闇で全然顔見えなかったし。帽子被ってたし。ずいぶん細身の男だっていうのはわかったけど」
「いやいやいや、今はずいぶん太身だよ。タヌキペンギンって感じ」
微妙にかみ合わない答えを漏らして、彼女はまた三日月の目でほほ笑んだ。
「あれじゃ見たことにも、ましてや会ったことになんかならんてば。会って話してみたいなあ。こんなに美味しいごはんを色々作れるペンギンシェフに…タヌキシェフかな?」
「うーん、まあ、そのうちね。あ、おかわりいっぱいあるからどんどん召し上がれ」
彼女は困ったようなからかってるような曖昧な笑顔を浮かべながら、
「まあ、そのうち」
自らに語りかけるかのように小さな声で繰り返した。(続く)


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