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DRAGON ONSEN #AKBDC2023


「ハァー……ハァー……」

 鬱蒼とした森の中、一人の男がいた。刻はウシミツ。月の灯りが傷だらけの侍甲冑を照らし出す。男は這う這うの体であったが、しきりに辺りを見渡し、文字通り足を引きずりながら歩いていた。その様子は、まさに落ち武者そのものであった。

「まだだ。まだ死ぬわけにはいかぬ」

 落ち武者は肩に刺さった矢を強引に引き抜き、拳で強引にへし折った。『己は力尽きておらぬぞ』と周囲に誇示するかのように。しかし、ここは深夜の森である。辺りには人っ子一人すらおらず、それどころか獣の鳴き声一つ、虫のさえずり一つ聞こえない。静寂が支配する森であった。

 ……否。男がようく聞き耳を立てると、わらべ唄のようなものが聞こえてきた。

『ここは……別天……』

 男は訝しんだ。こんなところに、童がいるものか。しかし、聞こえてくるのは確かに女児の声だ。男は更によく聞き取ろうとした。

『ここはなご……別天地……の湯……♪』

 湯! その単語が、電撃のように男の脳内を刺激した。このような山奥であれば、秘湯の一つくらいあるやもしれぬ。それに、住人がいるのならば、一泊くらいは望めるか。想像を膨らませただけで、全身には活力が漲り、合戦での傷の痛みなど、とうに頭から消えていた。男は鎧を脱ぎ捨て、唄の聞こえた方向へと駆けだした。そして、見つけた。

「竜泉寺……の……湯……!」

 男の眼前には、巨大な銭湯施設がそびえ建っていた。そしてその看板には『竜泉寺』の文字。竜。その言葉に落ち武者は強く惹かれるものを感じた。

『ここはナゴヤの別天地♪ 竜泉寺の湯♪』

 わらべ歌は施設の屋内から聞こえている。聞いているだけで極楽に導かれるような、雅な音色である。落ち武者は意を決し、施設の入り口を開けた。

 銭湯に入るとまず下駄箱があったので、草鞋を脱いで入れた。下駄箱の鍵がそのまま入場鍵となっているようで、男は感心しながら入場した。順当に施設内を進み、男湯に入る。他の客はいないようだったので、周りの目を憚る必要はなく、男は甲冑を脱いで戸棚に入れ、手拭のみを手に銭湯に入った。

「……なんと!」

 男がまず目撃したのは、巨大な炭酸泉であった。しかも高濃度である。すかさず周囲の洗い場で身体を清め、男は炭酸泉に身を投じた。肩まで浸かると、凄まじい量の泡があふれ出した。まるで寝ている龍の口に身を投じているかのような気分だった。

 傍の看板を見やると、ここ倭の圀ではじめて炭酸泉を始めたのがここ竜泉寺の湯なのだという。血流が良くなると書いてあるのを見て、男は心なしか身体がより温まったような気分になった。

 周りには源泉湯や寝湯などがあるが、何より男が注目したのが露店風呂であった。十分に炭酸泉を堪能すると、男はゆっくりと湯から上がり、露天へと向かった。その足取りは浸かる以前よりも遥かに軽やかだった。



写真がとれないのでimageイラスト By Midjourney

 屋外に出て、男はしばし言葉を失った。この世のものとは思えない光景が映っていたからだ。露店風呂の周囲は水盤で囲まれているが、柵などで覆われておらず、夜景を見渡すことができた。

 遠方には未だに輝き続ける都市の姿が見える。近辺の水盤はまるで星のように光が散りばめられ、宙の星を映しているかのようである。この過酷な世に、かような絶景が存在しようとは。男は思わず泣きそうになったが、浴槽に涙を入れるわけにはいかず、手拭で抑えて思いとどまった。

 露天風呂といっても複数の浴槽があったが、何より目に留まったのは中央に存在する、七色に輝く壺湯である。いかなる原理か、壺の中の浴槽内は絶えず色を変え、発光し続けている。恐る恐る男が入ってみると、中は泡の湯となっていて、炭酸湯以上の泡が全身を包み込んだ。圧迫感を感じるほどでなく、しかし心地よい感覚が全身を包み込み、傷ついた身体が癒されていく。加えて、この夜景である。男はもう、それまでの人生のすべてが些末なことに思えてきていた。とにかく、今はこの温泉を堪能したい。そう考えていた。

 その後も、露天風呂を堪能したり、高温風呂サウナで汗をかいたり、とにかく竜泉寺の湯を楽しみ尽くした。至福の時であった。



 湯から上がり、館内着に着替えた男は、もはや落ち武者などではなかった。すっかり憑き物が落ちたように笑みを浮かべながら、食事処『一休』へに入る。一人席に座り品書きを確認し、男はとある料理を注文した。数分後、それは運ばれてきた。それは真紅の拉麺であった。


Imageイラスト By Midjourney

「これが……ドラゴンラーメン……!」

 男は戦慄した。想像していたより遥かに辛そうな料理だったからだ。スープにはひき肉と卵、そして唐辛子が浮かんでいる。先ほどまで眠っていた龍が怒りと共に目を覚ましたような、そんな錯覚を覚えた。だが、注文した手前逃げることはできない。男は意を決し、麺を啜り――

(か、辛い…………!!)

 水を取ろうとしたが、生憎ここはセルフサービスである。お客様気分で水の確保を怠ったことで、男は補給抜きでドラゴンラーメンを食べる事になった。自業自得である。

 浮かんでいる卵も、辛さを和らげる緩衝材にはならなかった。食感はよいが、激辛がエンチャントされており、とにかく辛い。だが、真に恐ろしいのは啜り切った後である。まるでスリップダメージのように後から更なる辛さが襲いかかってくるのだ。

 男の全身は、文字通り燃え上がるようであった。血潮が沸き上がり、皮膚が沸騰し、そして。そして、男は火を吐いた! 比喩ではない……本当に口から火を吐いたのである!

「………………南無三」

 いつの間にか、男は『竜泉寺の湯』の銭湯施設を、上空から見下ろしていた。否。もはや男は男ではなかった。全身が巨大化し、伸長し、ナガムシのような長身となっていた。全身にビッシリと鱗が生え、手には玉、鋭い牙……そう。男は、龍になっていたのである。

 思えば、温泉で不浄を洗い流し、食事によって進化したのだろう。にわかには信じられないが、龍はすべてを受け入れた。もはや人の世に未練などない。これからは龍となってこの温泉を守ろう。そう、龍は決意を固め、そして上空へと浮かび上がった。

 そして、時は流れ――。




 現代! 名古屋は日本四大都市に名を連ねたり連ねなかったりするほどの都市となった。JR名古屋駅から数駅、JR大曽根駅で降り、『名古屋ガイドウェイバス』に乗り込めば、1時間と経たず竜泉寺の湯に辿り着くことができるだろう。今では、毎年スウオクニンの日本人がここ竜泉寺の湯を訪れ、竜になっていく。少子高齢化などと言われているが、本当はみんな龍になっているのである。

 更に、名古屋に行けない者たちのために、トヨトミに日本を統一させ、全国各地にも竜泉寺の湯を建てた。これによって愛知県外の者でも気軽に龍になれる時代がきた。

 素晴らしい夜景は本店ほどには望めないかもしれないが、一方でドラゴンロウリュが楽しめたり、系列店ならではの魅力もあるので、龍の中には一度人に戻り全国行脚するような者まで現れる始末だ。そうした光景を、一体の竜が遥か上空から見守り続けていた。

 さまざまな困難溢れる時勢だが、龍になればすべて解決だ。みんな竜泉寺の湯で人の衣を脱ぎ捨て龍になろう。おまえもなる。詳しくは以下のHPを参考にしてほしい。エンジョイ・ドラゴンライフ。



 本作は企画『アクズメさんバースデーカーニバル』の応募作品です。
🎂お誕生オメデトウゴザイマス!🎉

 


スキル:浪費癖搭載につき、万年金欠です。 サポートいただいたお金は主に最低限度のタノシイ生活のために使います。