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Fighting Writer


「自作が、ない」整列された作品群を、何度もスクロールし直す。何度も、何度も、何度も。見返せど見返せど、網膜に流れる膨大な作品群のタイトルの中に、馴染みの文字列は見当たらない。悩みぬいた果てに名付けた作品名。選考通過作品群の中にそれがない。という事は。

「落選か?」大きく太い声が、ほぼ無人の機械室に反響する。「やっこさんのセンスは俺には分からんな。奴らの不気味な兵隊よりも、モニタを食い入るように見てたアンタの方がよっぽど面白いぜ」大声を放ちながら、大男がモニタの男の肩を叩く。「その小説の良さも分からんが」

「ダンクには一生分からないさ」モニタ前の男が、肩の手を振り払う。「それで、お前がここにいるって事は」「1時間後にブリーフィングです、ロシダ三尉」傷だらけの大男が、やけに畏まって答えた。「いつものケツに集合、その後は……」「クソみたいに落とされて、クソみたいな戦場に到着」ロシダは名残惜しそうに、マシンの電源を落とした。


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『『まもなく、ブリーフィングの時間です。兵士の皆さまは、
ただちに艦Cブロックまで集合してください。』』

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 30年前、人類の生活圏は空と陸に分かれた。その理由をロシダは知らない。知っているのは、陸上人類は素晴らしい文化圏を築いているらしいということ。そして、そんな相手に空側はずっと戦争を続けているという事だけだ。

 その分、産まれ育った空側については、いやというほど知っている。空域人類連合AIHU(Airspace Human Union)。4つの都市型浮遊艦と、8つの軍事飛行要塞、その他大勢の飛行艦で構成された空の帝国。ロシダ達がいる艦はその他大勢のうちの一つ、ドラグーン型輸送艦D-14ゴールドフィッシュ。どれも仰々しいのは名前だけだ。

 ブリーフィングは1時間で終わった。内8割は上官の自慢話だった。


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『『兵士の皆さま、球型輸送機への搭乗を急いでください。
皆さまの勝利を祈ります』』

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「今日のミーティング、意味あったんですかね」「標準合わせるまでの時間稼ぎだろ」兵士たちが次々と白いボールに乗りこんで行く。陸地輸送とは名ばかりだ。窮屈なボールに押し込まれ、超高速で大地に打ち込まれる。着弾ミスで死者も出る。まさにクソ。浮かない顔をする兵士。吹っ切れた顔で乗り込む兵士。その中に、ロシダの姿もあった。

 ロシダのボールはいつも決まっていた。上級兵士用の赤いボール。多少頑丈らしいが、具体的な違いをロシダは知らない。座席はやっぱり窮屈で、あと入っているものは、携帯用の食料と、武器と、通信機だけだ。ロシダは迷わず通信機を手に取り、つい二時間前まで話していた相手を探した。すぐにダンク二等兵の名前が見つかった。

『ご指名ありがとうございます、三尉さま』「慰安婦の真似か?気持ち悪いぞ」大男の音量を下げる。『下の連中は自分で戦わなくていいからズルいよな。戦場で奴らを見たことないぜ』「産まれる場所を間違えたな、互いに」いつもの軽口を交わす。明日も交わせるかは分からない。

『特に三尉はそうだな。下で産まれてりゃ、お好きな小説書きに専念できるのに』「……」空には自由創作の自由がない。許されるのは、プロパガンダの書き写しだけ。ロシダの小説は、明確な規律違反だ。ましてや、陸上人類が開催した小説コンテストへの応募など。

「……そろそろ切るぞ。陸で、また」『ご武運を、三尉殿』ノイズと共に、接続機からの音声が途切れた。ロシダはため息と共に接続機を降ろす。ボール内に響くのは、無機質な静寂。発射までの物憂げで退屈な時間。せめて選考を通っていれば、違った気分になれたのだろうか。

 何週間と悩んで書いた応募作だ。ロシダはその内容をいつでも脳内で再生することが出来た。タイトルは「希望モグラ」。手を損なって産まれたモグラが、掘れない地面の下の両親を求める話だ。最終的に、彼は親と再会することができた。自分はどうだろう?希望とはなんだろうか。気が付くと、ロシダは荒れた掌を見つめていた。

 ロシダは、死ぬ前に何かを残したかった。兵士の日々の中には残せるものがなかった。だから小説を書いた。だからコンテストに応募した。結果は落選だったが、せめて作品は残すことができた。陸上人類との戦争でも、陸の人類は死ぬことがない。機械兵が代わりに戦っているからだ。だから、コンテストは次も開催される筈だ。

 今日の戦いも生き延びることが出来るだろうか?戦果を上げすぎて昇進してしまったら、それはそれで、小説を書く時間が取れなくなるかもしれない。ほどほどに努力して、絶対に生き延びて、また小説を書いて、今度も応募しよう。できれば今度は選考を通過したい。どんな内容ならいけるだろうか?

 思考が次回作の構想に移り始めた直後。耳を劈く轟音と共に、高速射出に伴うGが、ロシダの身体を蝕んだ。


※この小説は、逆噴射小説ワークショップ用に創作した短編です。逆噴射小説大賞に応募した経験と、日ごろ仕事をしながら創作を続けている体験を元にしました。続きは今のところ予定していません。

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