見出し画像

ヒロスエ食堂 3

 私は米倉課長の口車に乗って、こんな田舎に有る関係会社に出向することになったのです。
 いえ、間違えました、中村課長です。

 中村課長が嘘をついていたわけではありません。
 中村課長の言うことは間違えがなく、仕事は本当に楽しいし、私にぴったりのプランでした。

 ただ問題は、ここがとっても田舎だということです。
 時間はゆっくりと流れ、ストレスなんてまったくないのは良いのですが、その反面刺激がまるでないのです。

 最寄りの駅には何もなく、そう、コンビニすらないのです。
 電車の本数も少ないので、毎日きっちり同じ時間に仕事を終えて、同じ時間の電車に乗って帰るのです。

 お昼はだいたい社員食堂で済ませます。
 何しろ徒歩で行ける飲食店はヒロスエ食堂だけですから。

 中村課長に誘われて、ときどき一緒にヒロスエ食堂にゆきます。
 何故か毎回私だけが誘われます。
 というか、たぶん誘っても誰も行かないのだと思います。

 ヒロスエ食堂には、広末涼子のサインがあります。
 そう、ここは本物のヒロスエ食堂。
 本当は末広食堂ですが。


 私と中村課長がいつものように親子丼とカツ丼を食べていると、同じ課の金沢くんが慌てた様子でお店に入って来ました。

「課長、やっぱりここにいたんですか。もう、携帯の電源切らないでくださいよ」
 と、息を切らせながら言います。
「いや、切ってないけど。ああ、ここ楽天モバイルの電波入んないからね」
「もう、米倉課長!」

 金沢くん。あなたも間違えています。
 っていうか、わざとか。


 今は電波が入らないかもしれませんが、きっとすぐに電波が入るようになります。
 私は信じています。
 だってここは、ヒロスエ食堂ですから。

おわり。


最初から読む

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?