ヒロスエ食堂
「広末ってかわいいよなぁ」と中村課長はパソコンのキーボードをたたきながらそう言います。
中村課長は広末涼子の大ファンです。
もちろんパソコンの壁紙も広末涼子。
まあ確かに中村課長の年代からすると、広末涼子は憧れの的なのでしょうけど、中村課長の熱のいれようといったら正直言って異常に思えます。
そうこうしているうちに昼休みのチャイムが鳴りました。
私は関連会社に出張で来ているわけで、社員食堂は予約制だから外で食べなければなりません。
さてどこで食べようかと考えていると、中村課長が「飯食いに行こう」と私を誘いました。
「え?」
私は中村課長がこの会社に出向で来ている社員だから、当然社員食堂で食べるものと思っていたので、少しばかり驚きました。
「いい店があるんだよ」
と言って中村課長はウィンクをしました。
「歩いていけるんだ、ヒロスエ食堂」
「え?」
「名前が良いよな。なんてったってヒロスエだぜ、ヒロスエ。ああ、ヒロスエ」
何なんだこの人は、と私は思う。
私と中村課長は「ヒロスエ食堂」まで歩きました。
直ぐ近くなのだと中村課長は言うのですが、私にはそれがものすごく遠く感じられたのです。
何しろ行きしなずっと、広末涼子のノロケ話を聞かされっぱなしなのだから。
ノロケ話、というのも変な表現ですが。
別に中村課長が広末涼子と付き合っているというわけでもないのだし。
ともかく体感時間として、私にとっては永遠の様に長い時間が過ぎて行くのでした。
「あれだよ、あれ」
ようやく中村課長が指差した先には、彼の言う「ヒロスエ食堂」がありました。
「ヒロスエ食堂?」
あれ?、と私は思う。
「あれって、末広食堂って書いて無いですか?」
私は中村課長が指差した先にある建物の看板を冷静に読みあげました。
「え?」
「スエヒロ食堂」
建物が近づくにつれて、看板の文字はより鮮明に、ありありと見えるようになってきます。
「ほんとだ。末広食堂って書いてある。今までぜんぜん気がつかなかったよ。これはまったく恋は盲目ってやつだな。ははは」
と中村課長は笑います。違うけど、ぜんぜん違うけど。と私は心の中で繰り返します。
ははは、じゃあありませんよ。
「でも良いや。ヒロスエの方が何だか良いから、ヒロスエ食堂ってことにしとこう」
と、訳のわからないことを言います。
それだったら「エロエロ食堂」でも「ヘロヘロ食堂」でも何でも良いじゃないですか。
身勝手すぎる。あまりにも身勝手すぎる、と私は思うのでした。
気持ちを改めて末広食堂に入ろうとすると、食堂の前にある駐車場にロケバスみたいな大きな車が止まっているのが目をひきました。そしてその他にも車が一杯止まっています。
「随分繁盛してるみたいですね」
と私が言うと、中村課長は首をかしげました。
「いつもはガラガラなんだけどな。どうしたんだろう?」
食堂の扉をがらがらと開けると、中は超満員でした。
何やら映画だかテレビだとかのスタッフみたいな人たちで溢れています。
そしてその中に見なれた人物を発見しました。
「あ、ヒロスエ」
何で?
そこでは広末涼子が定食を食べていたのです。
そんな馬鹿な、、、。
<このドラマはフィクションです>
つづく。
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