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メッセージの送信を取り消しました

画面にタイプされ、送信された言葉は、相手の目に触れるまえに簡単に取り消せる世の中になった。
何が言いたかったの?
何を考えていたの?
この一分一秒にどんな心の動きがあったんだろう。
もはや知る由もない。

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朝に目が覚めて、眺める携帯電話には通知バッヂが光っていた。
そこにはキミからの、切とした言葉。
深夜の不安や、戸惑いや、孤独が、
短く綴られている。

「急にこんな話ですみません」
そう締めくくられる。

あれ、なんだかこの感じ、久しぶりだ。
真っ先に頭に浮かんだのは
「送信取り消ししないでいてくれてありがとう」。
そう思いながら、すぐさま電話した。
キミは電話には出なかったけれど。

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どうしようもなく溢れてしまった気持ちや
情けない自分を文字という形にして送信してしまって、
客観的になった瞬間に引っ込めたくなる。
そんなことは誰にだって多かれ少なかれあるんだろうと思う。

【メッセージの送信を取り消しました】

この心の動きは、不安、かな。

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しかしなんともわだかまりの残る機能だ。
【送信取り消し】

もしキミがこの深夜のメッセージを、
暗い夜の重い圧力のせいだと取り消してしまっていたら
私はキミの不安や悲しみや戸惑いを欠片も知ることなく
特に反応もしなかったと思う。
むしろ、
【メッセージの送信を取り消しました】
という体温のないワードが、キミを訝しがる気持ちとなってかえって私の心をズブズブと刺したかもしれない。

こんなこと言ってごめんなさい、と思うかもしれないけれど
言ってくれた方がよっぽどいい。
言わない方がよかったと、不安になる必要もない。
言ってくれてありがとう。
結局昨晩の、キミの不安を助ける力には全くなれてないけど、
時間を作って必ず話を聞きにいくよ。
そこだけは安心してほしい。

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【メッセージの送信を取り消しました】
一度伝えたこと、伝えようとしたことを、取り消す。
これは確実に、現代の人間関係において生まれた新しい概念や方法の一つだと思う。
会話のテンポで行われる人と人の交流では、本来「取り消し」ということは不可能であったはずだ。
しかし、会話のテンポで言葉を形にして送りあえる現代だからこそ可能になった。

【メッセージの送信を取り消しました】
手元に届いてしまえば、”取り消された”という現実だけを報せる機械的なワードだ。
しかしその裏側には、相手のいろんな感情や思惑がある。
その裏側を推し量ることは基本的にできない。
なぜなら既にその言葉からは相手の体温は奪われているからだ。
強いていうなら、「キミだったらこうなんじゃないか」という信頼関係に基づく配慮だけが私にできる推量だ。

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「取り消さないでよ」
なんて友人たちに言うつもりはない。
ただ
「キミのことを聞かせてほしい」
とは思う。
このニュアンスを伝えるのはとても難しい。

取り消されたメッセージの裏に何があるんだろうと思う。
そこにこそ、不安の影に隠れてしまった愛すべきキミがいるような気がしてならない。

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