INTJの自我、無意識、潜在意識、超自我

この記事でさらっとINTJの自我、無意識、潜在意識について触れたので補足的な記事。

俺もそんなに詳しく知らないので、多分ググれば似たような解説記事書いている人いるはずなので詳細はそっち見てくれ。


本題

Ni Te Fi Se(INTJ)ていう心理機能の配列をいろいろ変形してできた組み合わせが潜在意識とか無意識になるって理論を言っている人がいるんだと。人っていうのはその時の状況によって、いろいろな人格(ペルソナ)を使い分けるっていうけど、それが潜在意識だったり無意識だったりの人格を使っているていう考えがあるらしい。

それで、その組み合わせが以下のとおり。

心理機能組み合わせ 人格   出てくる状況  俺の解釈
Ni Te Fi Se INTJ     自我   使い慣れた人格 平時に使用
Ne Ti Fe Si ENTP  無意識  ストレス下   非常時に使用
Se Fi Te Ni ESFP    潜在意識 憧れの対象   擬態に使用
Si Fe Ti Ne ISFJ     超自我  投げやり状態  自爆特攻(暴走)

この記事読むのどうせINTJだから心理機能の組み合わせがなぜこうなのかの解説はいらんな?パターンで推測できるでしょう。

こんな感じでINTJには無意識にENTP、潜在意識にESFP、超自我にISFJがという人格がいるらしい。それで、このそれぞれの人格をうまくコントロールできるようになると、一人で複数人の役割こなせるようになるので対応の幅広がるんじゃねえのっていう理論だと俺は思っている。


俺の場合

俺はこの理論をこうやって応用しているよっていう例。

基本はINTJの人格でいる。INTJ最高。INTJ神。基本的には自我が一番安定していて、うまく使える人格で、他の人格はピンチヒッターで使うのが良いってことらしい。なるべくINTJでいたいものだ。

非常時はENTP人格を使用。俺にとっての非常時は対人活動であることが多い。非常時っていうとおおげさだけど、ストレス感じるのは確か。素のINTJ人格でいってもいいけど、受け良くないし、なによりコミュニケーション進まないしなしな。相手に興味をもって(あるいは、もったふりして)、接するよう心掛ける。ENTP人格はNT特有の論理的な思考は残しつつも、人当たりが良いので仕事で良く使う。

言葉どおりの非常時もENTP人格にスイッチ。計画どおり、想定どおりに進まないからといってフリーズするわけにはいかないので、ENTPの若干いい加減なノリを自分の中にインストール、臨機応変に対応できるよう意識する。


ESFPは擬態する時や生き方を参考にする時に使用している。ESFPって可愛がられたり、人懐こかったり、明るく陽気なイメージあるので、ESFPの振る舞いを真似すれば集団に溶け込めると思っている節がある。だから、擬態する時は言い方はESFPに悪いけど馬鹿なふりをするというか、無知(純粋無垢)なふりをするというかそんな感じの意識でスイッチする。仕事では雑談のときとか、飲み会の時とかに使うし、プライベートだと本当に親しい人の前ではこのノリかもしれない。

ISFJ人格は使わない。というか意識的に使える気がしない。この人格は自分のメンタルがやばいかどうかの監視用に意識している。自分さえ良ければ良いと考えている俺が、自己犠牲しはじめたらヤバイみたいに使っている。過去に一度だけ、仕事で「俺が頑張ればいいか」みたいに残業しまくっていた時期があったけど、こうなった時俺のメンタルはやられている。ISFJぽさで始めたら俺は即休暇申請出すようにしている。

唐突なシャニマス語り

蛇足。

THE IDOLM@STER SHINY COLORS(通称:シャニマス)のストレイライトってユニットのメンバーがちょうど冬優子(INTJ)、あさひ(ENTP)、愛依(ESFP)なので、この子達のコミュ読んだり、イベント読むと参考になるよっていう体の宣伝。シャニマスはサービス開始からもう5年くらいたっているので、追うの大変だけど一つのユニット追うくらいならそんな大変じゃないから読もう!俺も今年からはまった人なので大丈夫!

ストレイはねーINTJにとっての理想のチーム(ユニット)なんだよ。チームとか仲間っていうと皆で仲良くキャッキャウフフみたいの皆好きじゃん?でもそういうのって俺からすると仲間って言わない慣れあいって言うの。ストレイはメンバー同士で誰がセンターやんのかとか、一番人気は誰なのかみたいのを競うんだよ。その競い方も足を引っ張り合うとか妨害するとか政治的なやり取りじゃなくて正々堂々アイドルとしてのスキルやパフォーマンスで競おうとするのよ。熱いよね!人っていうのは争いの本能から逃れられないものだと俺は思う。で今の世の中争い=悪で片付けられがちだけど、競争によって進歩していくってのも事実。かつ、ぶつかり合うから相手のことも分かってくるし、結果として角がとれて丸く完成へと近づく。争いから目を背けて衝突を避けるっていうのは良いことのように思えて、いつまでたっても角は取れず互いに刃を向け合うってことだと思うんだよな(戦争とかのスケールになると話は変わってくるけどさ)。


他には、天才のあさひ、秀才の冬優子、凡人の愛依みたいな構造を俺は見出しているんだけど、これも良い。冬優子はあさひの才能に嫉妬して敵視するんだけど、あさひはそんなのには興味を示さず自分のダンスのパフォーマンスだけに興味がある感じとか、天才や秀才に憧れるだけで最初から自分は敵わないと考える愛依とか正に天才、秀才、凡人のそれ。最初は互いの価値観が相容れずバラバラだったストレイも競い合ううちに互いを認めるようになるんですよ。天才の自分が好きにやれるのは秀才である冬優子や凡人の愛依の支えがあるからだとあさひが気付いて二人に懐いたり、天才(あさひ)しか見ていなかった冬優子が愛依の優しさや気遣いによってどうにかストレイがまとまっていたってことに気づいて自分の為だけじゃなくユニットのために!ってなるところとか、凡人である自分だからこそ発揮できる強みがある!自分だって二人と対等に競っていいんだ!って自分も二人に勝つ!って愛依が言い始める流れとか最高じゃないっすか?これなんですよ。天才だとか秀才だとか凡人だとかどれがいいとか悪いとかそうじゃないんですよ!役割が違うんですよ。あー泣けてきた。

冒頭にさキャッキャウフフは慣れ合いって書いたけど、こういうのを通したあとに3人がキャッキャウフフしているのを見るのがエモいんですわ~。

まだまだ語りたいことあるけど、まあいいでしょう。このくらいにしておいてあげます。

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