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坪内隆彦「原爆の無知をさらしたアメリカ人」(『維新と興亜』令和5年9月号)

 今年の夏は、忘れられない夏になりそうだ。二十一万人以上の命を奪った広島・長崎への原爆投下についてのアメリカ人の救い難い無知が露呈し、日本人の心が踏みにじられたからだ。
 今年七月、アメリカで映画『バービー』と『オッペンハイマー』が公開されると、アメリカでは、X(Twitter)上で、映画ファンたちが、この二作の映画を掛け合わせて「#Barbenheimer」(バーベンハイマー)というハッシュタグを作り、二作の映画ビジュアルをコラージュするファンアートが拡散されていった。
 日本人にとって原爆の「キノコ雲」は、原爆投下の凄惨さを象徴的に思い起こさせるものであり、軽々しくアートに用いることなど想像もつかない。ところが、驚嘆すべきことに、アメリカ人のファンアートとして、原爆のキノコ雲を模したヘアスタイルのバービー、キノコ雲を背景にポーズを取るバービーなどが発信されたのである。これには世界中が驚いた。ところが、このようなファンアートの広がりについて、『バービー』配給元であるワーナー・ブラザースは、公式アカウントで「忘れられない夏になりそう」と投稿したのである。つまり、原爆投下の凄惨さがアメリカ人には全く理解されていないということだ。
 その背景の一つには、「原爆は戦争終結を早め、多くの人命を救った」というアメリカ政府側の見解が、アメリカ社会に共有されていることがある。
 広島と長崎への原爆投下から五十年を経た平成七(一九九五)年、こうしたアメリカ政府側の見解を揺るがす出来事があった。米国立スミソニアン博物館が、戦争終結五十周年に当り、広島に原爆を投下したB─29「エノラ=ゲイ」展を企画したのだ。その展示には、広島と長崎の原爆資料館から貸し出された爆心地の惨状をはじめとする資料が展示される計画だった。
 ところが、退役軍人会などアメリカ国内からの猛反発によって、「原爆展」は葬られ、「エノラ=ゲイ」の機体だけが展示されることになった。この時、社団法人マレイシア協会理事長(当時)の花房東洋氏の発案によって編まれたのが、『原爆投下への審判─アメリカの主張と反省』(新盛堂天地社、平成八年五月)である。
 筆者も「黄禍論と原爆投下」と題して論稿を書かせていただいた。人種的視点から原爆投下を断罪しようとした理由は、スミソニアン博物館の「原爆展」の当初の企画書に「『白人』よりアジア人に原爆を投下するほうが米国にとって抵抗が少なかったろうから、原爆は決してドイツに投下されることはなかったろうという議論がある。この見解を支えるのは、しばしば言われてきた太平洋戦争の人種的性格である」と書かれていたからである。
 筆者はカリフォルニア大バークレー校のロナルド・タカキ教授の『アメリカは、なぜ日本に原爆を投下したのか』(草思社)などに基づきながら、トルーマン大統領の人種的偏見を徹底的に批判した。
 一方、近現代史研究家の林千勝氏は、昭和十九(一九四四)年九月十八日に、ニューヨーク州ハイドパークで行われたルーズベルト米大統領とチャーチル英首相の会談で調印された覚書に、「爆弾が最終的に使用可能になった時には、熟慮の後にだが、多分日本人に対して使用していいだろう。なお、日本人には、この爆撃は降伏するまで繰り返し行われる旨、警告しなければならない」と書かれていることに注目し、次のように述べている。
 「彼らには、黄色人種への根深い差別意識がある。そのような意識がなければ、科学者や軍人そして政治家が、人々の頭上に直接原爆を投下するという発想にはならないはずだ」
 我々は今こそアメリカ政府が主張してきた「原爆は戦争終結を早め、多くの人命を救った」という考え方を正面から否定し、原爆の凄惨さをアメリカ人が学び直すよう求めるべきではないのか。

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