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放浪の絵師は縄文人だった?『蓑虫放浪』に感じる「縄文っぽさ」を解明する。

著者が縄文ZINEの編集長である、というか望月さんだから読み始めたこの本、連載当時から話には聞いていたけど読んではいなかった。

江戸末期から明治にかけて活躍?した放浪の絵師・蓑虫山人の生涯を、取材をもとに描いていたこの本は、縄文に関係あるようで関係ない本というイメージだが、入り口は縄文だったと望月さんも書いていて、読み終わってみても、テーマ自体が縄文であると言えなくもないと思った。

縄文と“民のもの”

先日読んだ『縄文ルネサンス』でも江戸時代の好事家の話が出てきたけれど、江戸時代から縄文の遺物を集める収集家はいた。明治に入ってモースが大森貝塚を発見して「縄文時代」が生まれるまで縄文の遺物は「神代」のお宝で蓑虫山人にとってもそうだったのだろう。

しかし、蓑虫山人は縄文研究の端緒を開いた一人かもしれないとこの本では示唆されている。それは、蓑虫山人が亀ヶ岡遺跡出土の片足の遮光器土偶(しゃこちゃん)を発掘した当人かもしれないという指摘だ。その真偽はさておき、山人の発掘のあと学者の本格的な発掘が行われ亀ヶ岡遺跡の考古学的な意味が明らかになっていった。このあたりは縄文ファンなら興奮を隠せない部分だろう。

ただ、蓑虫山人自身は縄文時代についての学術的研究には興味はないようで、ただ自分の好きな土偶や土器、石器を身に帯び旅を続ける。

なかでも蓑虫山人は土偶に深い愛着を持ったという。望月さんはこれを、山人が若い頃に九州でおぼこ人形を懐に入れて持ち歩いていたことと結びつけ、「人形(ヒトガタ)といつも一緒だった」と書いている(p.191)。

たしかにその要素もあるかもれない。でも、何故土偶だったのかと考えると、後に山人が個人的な縄文展を開催したこともあって、土偶の造形に惹かれていたという要素も大きいだろう。

そして、おぼこ人形と土偶の共通点を考えると、それは民具であるという点ではないか。土偶の用途は今でも図り知れないが、少なくともコミュニティの構成員の一人がそのコミュニティのために作ったものだということはほぼ確実だ。それは、埴輪のように権力者が命じて作らせたものではないということで、その意味で民衆の道具、民具であるのだ。

蓑虫山人は民衆画家でもある、望月さんも書いているが、山人は文人画のような権威的な絵ではなく、民衆の生活を描いた画家だった。つまり、蓑虫山人は一貫して民のものに興味を持ち、それを収集する人物だったのだ。

この“民のもの”という考え方が実は重要なのではないかと思う。現代人が縄文に惹かれる理由は色々あるが、その一つに権威が存在しないことがある。縄文の遺物はすべてが生活の道具であり、権威によって評価される芸術ではない。わたしたちと同じ「普通の人たち」が作った道具であることが縄文に惹きつけられる要因の一つなのだ。

この本を読んで、わたしたちが土偶や縄文土器や蓑虫山人の絵に何かを感じる背景にはそんな要因があるような気がした。

蓑虫山人という”縄文人”

もう一つ思ったのは、蓑虫山人の生き方についてだ。望月さんも「階級社会の枠から外れることは江戸時代においては社会的な自殺に等しい」と書いているが、蓑虫山人の社会との関わり方が多分に縄文的ではないかと思ったのだ。

蓑虫山人の階級社会からの逸脱は、交換によって成立する社会から逃れて贈与経済の世界に入っていったと見ることができる。誰かの家に世話になり、お礼に絵を描いたり、庭を造ったりする。それを40年以上旅しながら続けることができたのは山人の周りに贈与の循環ができていたからに他ならない。

借金についてはキッチリしていたというエピソードは交換経済と関わる場合はそのルールにしっかり従うことを意味しているし、自分の絵は格安で譲っていたというのは、贈与を交換経済にフィットするように調整していたように見える。

縄文時代が贈与経済であったという話はあちこちで目にする。例えば『縄文のマツリと暮らし』では、贈与によって移動し模倣される土器の話が出てきた。

つまり、贈与経済という観点で見ると、蓑虫山人は江戸から明治を生きた”縄文人”なのだ。当時の日本に贈与という感覚がどれくらい残っていたかはわからないが、この蓑虫山人の生き方を見ると、民衆の間には贈与の感覚はかなり残っていたように思う。もちろん交換が基本にはなっていたのだろうけれど、内輪では贈与はあたり前のことだった。蓑虫山人は内輪に入り込み贈与経済の中で生きることに長けた人物だったのだろう。

そう考えると、蓑虫山人が土偶や縄文土器に惹かれるのも必然で、望月さんを始めとした現代の縄文好きが蓑虫山人に興味を持つのも納得がいく。蓑虫山人は細々とつながる縄文人の系譜によってわたしたちと縄文をつないでいるのだから。


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