卒業論文の思い出

東京都区部におけるシェアハウスの立地特性とシングル女性の住宅ニーズからみたその背景. 地理学評論 92: 203-223.

この論文は、2016年3月に新潟大学に提出した卒業論文をもとにしている。私にとっては初めての査読付き論文だ(短報だから論文とは呼べないかもしれないが)。大学院進学後の大幅な内容の修正と、その後の約1年8か月にわたる査読者とのやり取りを経て、2019年3月に雑誌『地理学評論』への採録が決まった。途中に修士論文の作成を挟んだとはいえ、丸3年もかかってしまった(修士論文は酷すぎてお蔵入りとなった)。長い道のりだった。そうは言っても、何も初めから学術誌への投稿を目指していたわけではない。学部時代の私は、卒論を単に卒業のために必要なものとしか思っていなかった。にもかかわらず、いや、だからこそ、卒論の作成には苦労した。押しつけがましいことを承知で、これから卒論に取り組む人たちに、そのエピソードを少しばかり紹介したい。

まずは卒論のテーマ選びについて。私の在籍していた新潟大学地理学教室では、学部3年の3月頃から卒論のテーマを考えはじめる。私は、とりあえずどこかで何かを調査すれば、それが卒論になるだろうと、テーマ選びをおざなりにしていた。とはいえ、具体的な研究計画を作ってゼミで発表しなければならなかったため、ゼミでは宮城県仙台市の若者の遊び場について調査する方針を伝えた。なぜ仙台だったかというと、当時付き合っていた人がそこに住んでいたからである。完全になめている。若者について調べようと思った理由だって、若者の地理学の先駆者であるS山先生の研究に感化されていたからだ(S山先生の研究はとても刺激的なのでぜひともご覧いただきたい)。発表を終えると、指導教員に一蹴されてしまった。今振り返れば当然のことだが、当時はその意味がよく分かっていなかった。へらへらとその場をしのごうとする私に対して、当時の指導教員のO野先生は言った。「S山先生に憧れて、真似事をやりたがる学生は多い。彼が何を問題にしているのか分かっているのか?」。私は何も答えられなかった。

さて、卒論の計画が頓挫してしまった。このままでは卒業できないので、問題を設定し、場合によってはテーマを変更する必要がある。このときばかりは足りない頭で必死に考えたと思う。しばらく悩んでいると、当時のもう1人の指導教員であるM田先生が、自分の関心は何か?自分の関心と地理学が扱う問題には、どのような関係があるか?を整理するよう勧めてくれた。私の場合は、東京に強い憧れを抱いていること、やはり同世代の若者の動向が気になること、建築士になりたかったこともあり(高校数学ができず断念)住宅に興味があること、が思い起こされた。そして、地理学の論文を読んで、このような私の関心と関係がありそうな研究を探した。そうしているうちに、どうやら地理学では、大都市圏構造の解明(どこで、だれが、どのように住んでいるのか?)という大きな問題があって、東京の若者や住宅を対象に研究が行われている、ということが次第にわかってきた(とおもう)。

ある日の深夜、たまたまテレビで『TERRACE HOUSE』(シェアハウスを舞台としたリアリティ番組、フジテレビ系列)をぼんやり観ていた私は、ふと、シェアハウスってどのくらいあるのだろう?と思い、インターネットで調べてみた。すると、シェアハウスは東京圏の、それも23区で増えている。東京23区ではシェアハウスに住む若者が現れ始めていたのだ。これはおあつらえ向きじゃないか。どこにどんな物件があるのか?誰がどんな理由で住んでいるのか?を調査しよう。もちろんこれらの問いは私一人で導き出したものではない。シェアハウスの実態に興味があることを先生に相談して助言をもらえたからこそ、まがいなりにも問題を設定できたのである。とにかく、このような紆余曲折を経て、私の卒論のテーマ「東京都心部におけるシェアハウスの展開」は決まったのだった。

結局、テーマ選びの話に終始してしまった。慣れない東京での初対面の異性へのインタビュー調査や学会誌への投稿の準備など、この論文をめぐるエピソードは他にもある。だが、改めて思い返してみると、テーマ選びに最も苦戦したように思う。どこかで「テーマが決まれば卒論は半分(9割?)終わったようなもの」と聞いたことがある。それだけ卒論のテーマ選びは重要だということだろう。もしもあのまま仙台の若者を追っかけていたら、このような文章を書き置くこともなかったように思う。卒論のテーマ選びは慎重に行いたいものだ。

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