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ある雨の日の等々力 (リーグ第8節・名古屋グランパス戦:1-2)

 等々力陸上競技場での名古屋グランパス戦は1-2で敗戦。

 試合後の会見場に現れた長谷川健太監督は、見るからに上機嫌でした。

「久しぶりに川崎に勝つことができて、率直にうれしいと思っています」

 試合の感想をそう切り出して話し始めます。そして、コメントの最後を「川崎に一つ勝つことができて自信になると思います。さらに上積みができるように、しっかりと準備をしていきたい」と結んでいました。

 その後の質疑応答では、等々力で名古屋グランパスが勝ったのは2012年以来だったこと、長谷川健太監督自身にとっては2018年以来となる等々力での勝利だったことの感想も聞かれていました。

「一つ大きな壁の存在と言いますか、FC東京時代からの多摩川クラシコといい、(ボールを)握られて結構ボコボコにされてという試合が多々あったので・・・・」と、FC東京時代の苦い記憶にも触れています。そしてやはり相当に嬉しかったのでしょう。最後に、こう言い加えます。

「勝った後はこんなものかと思うのですが、だんだんうれしくなって・・・・たぶん新幹線の中でニタニタしながら帰るのではないかと思います(笑)」

 自身にとっては、2018年以来となる等々力でのリーグ戦勝利。でも公式戦に限れば、実は近年もここで勝っていたりします。

 それは2020年のルヴァンカップ準決勝です。

この2020年の川崎フロンターレといえば、圧倒的な強さでリーグと天皇杯の2冠を達成したチームですが、唯一逃した国内タイトルがベスト4で敗退したルヴァンカップでした。

 その時の相手というのが、長谷川健太監督の率いているFC東京だったんです。リーグ戦はわずか3敗で、他に負けた公式戦はルヴァンカップで刻まれた1敗だけ。このときも雨の等々力で、レアンドロに2得点を決められて0-2で敗戦を喫しました。

 なんでこんな話をするのかというと、この日の名古屋が採用していた攻撃の設計と狙いは、2020年の戦い方とそっくりに見えたからです。

 簡単に説明すると、攻守が切り替わった瞬間にキープ力のあるディエゴ・オリヴェイラを左サイドハーフに配置することでフロンターレの右サイドで起点を作り、攻撃参加している山根視来の背後のスペースを永井謙佑の高速カウンターで突いていくという狙いでした。

 フロンターレは、サイドバックが高い位置を取るので、どの相手も奪った瞬間はその裏のスペースを狙ってきますが、当時のチームは、相手陣地で奪われても、即時奪還でボールを奪い返すことが出来ていました。なので、たとえサイドバックの裏が空いていても、切り替えの早さと高い強度で、そこに出させない様にプレッシャーをかけて封じ込めていたんですね。右サイドでいえば、山根視来は自分のマークを捨てて、外に行かせないように中央を締めて、そこに出せないようにタイミングを遅らせてしまいます。切り替えの早さだけではなく、背後にスペースはあっても、そこを見えないように塞ぐ守り方が上手かったんですね。

 さらに、仮にそこで塞げなくても、ちゃんと保険があります。狙ってくる場所は右サイドバックの裏のスペース。スーパーなジェジエウが猛スピードでカバーリングできるので、ラフなロングボールを走り合う展開になっても、大抵の相手選手はジェジエウに走り勝てません。

 つまり、右サイドバックの裏のスペースが見えていても、フロンターレの即時奪還でそこからボールを脱出できないこと。さらに展開出来たところで、スピードのあるジェジエウに素早く対応されてしまうこと。相手からすると、わかっていても、この二つのポイントを攻略できないわけで、フロンターレの右サイドは崩せないわけです。

 しかし、そこを見事に攻略したのが、2020年のルヴァンカップ準決勝で対戦した時の長谷川健太監督のFC東京が採用した戦法だったんです。

まず自陣で守備でハードワークするディエゴ・オリヴェイラは、ボールを奪ったら低い位置でも抜群のキープ力を見せました。

 これによって何が起きたのかというと、フロンターレが右サイドでボールを失った瞬間、ディエゴ・オリヴェイラ個人にボールを持つ時間を作られて、奪い返せませんでした。ディエゴ・オリヴェイラというキープ力を持つ選手が左サイドで時間を作ることで、フロンターレの右サイドの切り替えと強度の機能性を下げたんですね。ボールを奪えるタイミングがいつもより遅れたことで右サイドの打開を塞ぎきれず、守備陣も後手を踏む対応になります。

 ただそれだけではフロンターレの右サイドの攻略はできません。保険として機能するジェジエウがカバーしてしまうからです。しかしこの時のFC東京が巧妙だったのは、そこの走り合いの局面で、リーグ屈指のスピードを誇る永井謙佑をぶつけてきたことです。ジェジエウといえども、再三のカバーリングには難しい対応を強いられていました。

 普段であれば表面化しない右サイドバックの裏のスペースと、それをカバーするジェジエウの対応。それをキープ力のあるディエゴ・オリヴェイラの左サイドハーフ起用と、永井謙佑のスプリントで打開してきたんです。

 前半の失点は、その状況で粘った永井謙佑を倒したジェジエウのファウルで奪ったセットプレーをレアンドロに直接決められました。さらに後半には、またも永井謙佑の突破から、中央に折り返してレアンドロに決められています。FC東京からすれば、してやったりだったはずす。

フロンターレは、後半に三笘薫と大島僚太を投入。最高のドリブラーと狭い技術を持つクラッキでこじ開けようとしますが、その強固なブロックを最後まで崩し切れず沈黙。驚異的強さを誇った2020年のチームが、唯一逃した国内タイトルであるルヴァンカップはこうして負けたわけです。

ちなみに、あの時も雨の等々力でした。

ボールコントロールに雨の影響も少なくなかったと思います。緻密な崩しを仕掛ける時に、パスがボール一個分ずれたり、トラップでワンテンポ遅かったりと、わずかな違いがあったように感じました。あれだけガッチリとブロックを作られると、あの時のメンバーであってもこじ開けるのは簡単ではないのです。

なお当時の証言を振り返ってみると、攻撃面に関して「中と外の使い分け」に問題があったと谷口彰悟は指摘しています。

「自陣の3分の1に戻って固めてきた。そこを崩す人数のかけ方がうまく共有できなかった。サイドに人数をかけて、中が薄くなった。逆に中に人数をかけて、外のチャンスで人がいなかったり、そういうところがあった。そういうところが崩しのイメージの共有がちょっと取りなかった。気迫というか、徹底しているのは感じたし、そこをどう崩していくのか。今日はビッグチャンスをなかなか作れなかった」

 試合後の登里享平も同様です。遊びのパスで相手を食いつかせたり、勝負のパスで攻撃のスイッチを入れたりという作業が少なかったことを証言しています。

「立ち位置で相手を引き出して、スピードを上げるところで、ちょっとしたパスのずれ。そこで決定的なチャンスを作れなかった。相手を見ながら、もっとやれればと思う。ブロックを組んで押し込んでという形で、なかなかスペースを見つけることが難しかった。ドリブルだったり、パスを当てて入るとか、攻撃のスイッチを入れて、自分たちから仕掛けるというところはできなかった」

 そして2023年の等々力での名古屋戦。

あれから3年経ち、FC東京だった永井謙佑は、長谷川健太監督の元で名古屋の選手としてプレーしています。そしてこの日の先制点は、まさにあの時のFC東京と同じ狙いのカウンターです。

 開始8分。

フロンターレがリズムよくボールを動かして、右サイドから揺さぶりをかける場面で、永長鷹虎の横パスが米本拓司にカット。切り替えで塞ぐはずだった山根視来が剥がされると、米本は右サイドバックの裏にある広大なスペースに出るスルーパス。反応したのは韋駄天・永井謙佑でした。

前に出ていた右センターバックの大南拓磨は背後を突かれる形で置いていかれる格好になり、左センターバックの高井幸大はユンカーのマークを捨てて永井謙佑のカバーリングしなくてはいけませんでした。逆サイドにいた登里享平も高い位置にいたので、戻りきれません。

 高井を引きつけた永井謙佑は、フリーのユンカーに横パス。ソンリョンとの1対1を制して、難なく先制しました。

前半アディショナルタイムには、軽率なファウルで与えたフリーキックをマテウス・カストリにニアサイドに決められました。あの試合でレアンドロに決められたフリーキックと同じニアサイドを決められました。

さて。
ここからがレビューの本題になります・笑。ここまで読んでしまった方は、ぜひ本文もどうぞ!!

では、スタート!!

※4月17日に追記しました。決定機が少ないのは、単にゴール前のフィニッシュワークの問題だけではなく、そこにボールを運ぶまでに、相手を食いつかせるような餌巻きで陣形をずらす作業が、後ろと中盤でほとんど見れなくなっているのも要因だと思っています。脇坂泰斗にそんな話も聞いてみました。配置だけでビルドアップをなんとかしようとしても、問題の本質は解決されないと思います。

→■「一回(自分たちに)当てることによって、相手が絞る。それでサイドバックが今度はフリーになる」(脇坂泰斗)。餌巻きがないと、相手は食いつかないし、陣形も動かない。試合中の何気ないパス交換は、なぜ見られなくなったのか。脇坂泰斗が味方に求めている「メッセージ付きのパス」とは?

■にもかかわらず、なぜ家長昭博をワントップで起用したのか。

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