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「秋月が見てるから」 (リーグ第29節・アルビレックス新潟戦:2-3)

 同時刻に日産スタジアムで横浜F・マリノス対ヴィッセル神戸という首位攻防戦があるからだろう。あるいは、30分遅れで始まる、埼玉スタジアムでの3位の浦和レッズと残留争いの渦中にいる横浜FCというカードもあるからだろうか。

 等々力陸上競技場の記者席を埋めた報道陣は、それほど多くはなかった。

 どちらも優勝争いにも残留争いにも影響を与えない。言ってしまえば、中位同士のゲーム。数シーズンに渡って優勝争いを演じてきた川崎フロンターレとしては、シーズン終盤に注目度の低いゲームを迎えることに寂しさを感じる光景でもあった。

 ゲームは3-2でアルビレックス新潟が競り勝った。 

サッカーでもっとも面白いスコアは3-2だと言われているが、負けた側からすると、ちっとも面白くない。新潟が等々力で勝利したのは2011年以来だそうである。このクラブとは「お互いにホームゲームでは勝つ。ただしアウェイゲームは鬼門」という不思議な相性があったのだが、J1復帰初年度の今年はシーズンダブルを喫する結果となった。

 この日、新潟が揺らした3つのゴールは、どれもミドルレンジからの思い切ったシュートから生まれたものだ。特に2点目の新井直人、3点目の太田修介のゴールは、再三に渡って好セーブを見せていたGKチョン・ソンリョンの手をすり抜けていく豪快な弾道だった。

 試合後の公式記録によると、この日の新潟は19本ものシュートを記録している。一方で川崎の放ったシュートはわずか5本。シュート数が寂しすぎた。

 せっかくなので、シュートに関する話をしよう。

 サッカーにおいては「シュート至上主義」という考え方がある。

 これは、「たとえ確率が低くてもシュートは打つべき」という考え方だ。
サッカーでは「ゴール前では確率の高い選択を選べ」と言われるのだが、その選択肢がシュートである場合は確率が低くても打つ。なぜならば、「たとえ強引でもシュートを打てば何が起きるかわからないから」であり、あるいは「相手が寄せにくるので、他の選手がフリーになりやすくなるから」という副次的な効果も期待できるからである。一理ある考え方だ。

 この試合の先制点は川崎フロンターレが記録している。
決めたのはジョアン・シミッチだが、きっかけを作ったのは遠野大弥のミドルシュートだった。

 遠野は「シュートを打てば何が起きるかもしれない」という思考が強いタイプのアタッカーである。

 今年であれば、ルヴァンカップの湘南ベルマーレ戦で見せた劇的な決勝弾を覚えている人も多いと思う。カットインしながらバイタルエリアでやや強引にシュートを打ち、それが相手に当たって角度が変わり、枠外のシュートがゴールネットに吸い込まれるという幸運な一撃だった。

 後日、「あのゴール、シュートコースは見えていたんですか?」と本人に尋ねてみた。「いや、もう思いっきり・・・ニアを狙って振り抜こうと思っていました。全然当たっていなくて。ゴールから外れていましたけど、入ったのでシュートを打ってよかったです」と、遠野は笑っていた。

 そのとき、「シュートを打てば何かが起こる感覚って強く持っている方ですか?」と、いわゆる「シュート至上主義」の考え方についても見解を聞いてみたのだが、「そうですね。そうやって決めてきた部分もあるので。シュートを打ってナンボだと思ってます」と口にしていた。

 やはりシュートは打ってナンボなのだ。

 この試合の先制点の場面も、遠野大弥の頭の中にはおそらくシュートを打つことしか頭になかったはずで、シュートコースがどれだけあったかはわからない。でも彼は得意のレンジだから、思い切って右足を振った。

 ミドルシュートやロングシュートを狙う際には、「コースが見えていないけど打つ」とか「相手DFが立っているような時でも打つ」とか「周りの声を無視しても打つ」みたいな思い切りの良さ・・・言ってしまえば、図太さも必要だったりするのだろうと思う。

 終わってみると、この試合で川崎でもっともシュートを打ったのは遠野大弥だった。それでも2本なのだけど、どっちにしても、シュートがなければ、「何か」が起きる等々力劇場の雰囲気も漂わない。

 試合後、沈黙するホームサポーターとは対照的に、約2000人が詰めかけたと言われているアウェイサポーターの勝利の歌がいつまでも響き渡っていた。

 試合後のミックスゾーン。
報道陣はまばらで、ただ新潟を取材する地元メディアは多かった。

 バフェティンビ・ゴミス、レアンドロ・ダミアン、小林悠。

出場時間の短かった前線の選手たちが、早い段階で現れて、閑散としたミックスゾーンを通っていく。


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