「明日も」 (リーグ第30節・アビスパ福岡戦:4-2)
どよめきと歓声。
その両者が交錯するような瞬間を等々力競技場に生んだのは、小林悠のゴールだった。
記者席で目撃していた僕は、喜ぶよりも先に呆然としてしまっていた。
なぜこのタイミングで、あんなゴールを決められるのか。
それは「小林悠が小林悠である所以である」としか言いようがないのだが、そこに対する驚愕に加えて、スタジアムを包む空気を一変させるパッション溢れる一撃だったからである。
あのゴールで等々力全体のボルテージはグググっとと上がった。
84分に生まれたこの同点弾はチームに勇気と勢いを与え、アディショナルタイムには遠野大弥が豪快な逆転弾を記録。さらに終了直前に宮代大聖もダメ押し弾を決めている。
終わってみれば、4-2での会心の勝利を飾った。
試合後のミックスゾーンに現れた小林悠は、開口一番、こう切り出して胸を張った。
「自分のゴールで雰囲気を変えたいと思ったし、等々力の雰囲気を変えるのは自分しかいないと思ってました」
率直に聞いてみた。
あの裏一本の鮮やかなロングパスを引き出すために、センターバックの山村和也とは何か話はしていたのだろうか。
布石になっていたのは、この直前にあったコーナーキックだった。キッカーの脇坂泰斗のボールは味方に合わぬままゴールラインを割ってしまったが、その際に二人はコミュニケーションを取っていたのだという。
「その前のセットプレーのときに、ヤマ(山村和也)が近くにいて『背後を狙ってほしい』と話していました。リクエスト通りの最高のボールが来ましたね。トラップが綺麗に決まったので、止めて流し込むだけでした」
決めた小林は見事だったが、あそこにパスを届けた山村のロングフィードも見事だった。
彼はビルドアップの際に、中盤を飛ばすボール、いわゆるラインを飛ばして前線につけるロングボールや、ミドルレンジのパスを盛り込む技術を持っているセンターバックである。フィードの軌道が少し独特で、相手ディフェンダーの背中にストンと落ちるような、それでいて、受け手にはピンポイントで届くようなボールだ。得点シーンで小林に届けたパスは、まさにそれだった。
あの球種を山村自身が「手前に落とすボール」と表現してくれたことがある。ニュアンスとしては、相手ディフェンダーの背中のスペースに置く感覚に近いようだった。
そして、小林の動き出しも見逃さないだけの広い視野がある。ボールを届ける優れたキック技術があっても、見えてなければ届けようと思わないからだ。要は、山村和也の卓越した技術と視野があってこそ生み出すことのできたゴールでもあったのである。
小林悠の同点ゴールが生まれた場面、センターサークル付近にいた選手たちは、一斉にアシストした山村和也に駆け寄って、小さな祝福の輪を作っていた。
ほんの2週間前、マルシーニョのカウンターをアシストしたGKチョン・ソンリョンに対してもそうだったが、ロングパスでお膳立てした選手の周りに集まって喜ぶ光景もなんだか良いものだ。
「ナイスボールって言ってくれたので、嬉しかったです」
近くにいた味方からの祝福について、山村和也はそう言って感謝していた。前の試合で点を決めても、この試合でアシストを記録しても、いつも奥ゆかしく、そして控えめなタイプなのだ。
そして小林悠である。
今シーズンの3点目。5月の柏レイソル戦(リーグ第15節:2-0)以来となる、久しぶりに噛み締めたゴールの味だった。
悔しい思いをしながらも何度でも蘇るストライカーは、この試合にある思いがあったと明かす。
※10月22日に追記しました。この福岡戦のゴールで、小林悠のJ1リーグ得点数は138になりました。歴代7位に位置している139点の三浦知良まであと1点です。実は今年のある時期、この通算得点数について聞いてみると、カズを意識していると話していたんですね。そのエピソードです。
→■(※追記:10月22日)「自分はカズさんを目指してプロになりたいと思ったので」(小林悠)。キング・カズまであと1点。J1通算得点数について聞いたとき、今年の小林悠が語っていたこと。
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