見出し画像

試合をディープに観戦するためのワンポイントプレビュー(リーグ第22節・ジュビロ磐田戦)

 7月6日はヤマハスタジアムでのジュビロ磐田戦です。

 昇格組であるジュビロとヤマハスタジアムで対戦するのは2022年以来となります。当時はまだコロナ禍でした。

 それ以前となると、2019年6月となります(3-1)。この試合後の監督会見中に、当時の指揮官だった名波浩監督が辞任を口にする出来事がありました。自分も取材していたので、その瞬間のことをよく覚えています。

 監督会見での開口一番、彼はこう言ったのです。

「試合の総括は今日は無しで。出来ればDAZNさんの監督インタビューを見ていただければと思います。今日のゲームに関しては、勝とうが負けようがここで辞任するのは決めていました」

 その言葉とともに会見場には緊張感が走り、何人かの記者はすぐに会見室から出て、第一報を会社に連絡していました。負けた翌日に解任されることとなった監督会見は経験しましたが、最終節などの時期を除いて、監督会見で辞任を発表した瞬間に立ち会ったのは僕自身も初めてです。ジュビロ磐田の歴史において、名波浩という存在がどれほど偉大であったのかはそれなりにわかっているつもりですから、とても驚きました。

 なんでこんな話をするのかというと、実は理由があります。

ジュビロ磐田に縁がある選手がいるからです。

その人物とは誰か。

・・・意外かもしれませんが、キャプテンの脇坂泰斗です。

今週、ジュビロ磐田戦に向けて取材をしていたら、彼は「個人的なことで言うと・・・」と切り出し始めました。実は小学生時代、祖母が浜松に住んでいるため、ヤマハスタジアムでジュビロ磐田のゲームを観戦していたと明かし始めたのです。

「母方の両親が浜松に住んでいて、小さいときにヤマハスタジアムで磐田の応援に行っていたんです。黄金期の時代ですね。名波さん、藤田さん(藤田俊哉)、高原さん(高原直泰)がいた2002年頃です。僕は名波さんの大ファンで、弟は藤田俊哉さん。横浜の子供なのに(ジュビロ磐田の)水色のユニフォームを着てました(笑)」

 へぇー、脇坂兄弟の幼少期にそんなエピソードがあったとは!!
ちなみに弟の脇坂崚平はJ3のY.S.C.C.横浜でプレーしているJリーガーです。

つまり、子供の頃、名波浩のシャツを着て観戦していた少年だった脇坂泰斗が、ヤマハスタジアムでのピッチに初めて立ったのが、2019年のジュビロ磐田戦だったのです。

 当時はプロ2年目。祖父母もスタジアムに観戦に来ていた中、スタメンだった脇坂泰斗は鮮やかなミドルシュートで追加点となるゴールも決めています。試合は川崎フロンターレが3-1で勝利しました。

 そして、この試合限りで名波監督が辞任するという出来事が。
勝負の世界に生きる以上、監督がチームから去らなくてはいけないときは来るものです。

とはいえ、まさか子供の頃に憧れていた人物が、自分が出場してゴールを決めた試合で辞任することになるとは・・・・真剣勝負だからこその巡り合わせだったかもしれませんが、脇坂本人も当時は少しだけ複雑だったようで、「母は僕が名波さんを大好きなのを知っていたので」と述懐していました。

脇坂泰斗にそうした背景があることを知っておくと、このヤマハスタジアムでのゲームも注目すべきところが増えるかもしれませんね。本人も試合を楽しみにしていました。

 さらに古巣戦となる大南拓磨も、対戦相手として乗り込むヤマハスタジアムでのゲームに特別な気持ちで臨むことでしょう。彼についてはプレビューの本文で、たっぷりと語っております。

こちらは前節のレビューです。後日取材で、週明けのチームミーティングでの反省点、パリ五輪代表メンバーに選出された高井幸大の囲み取材なども追記しています。全部で約17000文字です。

ここからが、ジュビロ磐田戦のプレビュー本文になります。


では、スタートです。

ここから先は

7,066字

¥ 200

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

ご覧いただきありがとうございます。いただいたサポートは、継続的な取材活動や、自己投資の費用に使わせてもらいます。