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まわり道

予想はしていたけれど、入り口の引き戸を開けると、案の定お客さんは誰もいない。

かつてはいつもにぎやかだったカウンターも、向こう側で女将さんがひとり所在なさげにテレビを見上げているだけ。

寂しいねぇ、とつぶやいて端に座らせてもらい、まずは瓶ビールを。

最近どうですか、と答えのわかってる問いをかけるも、ちょっと困ったように微笑む女将さんの顔を見てるとなんだかせつなくなってくる。

御酌してもらった冷えた瓶ビールを飲み干して、さて次は日本酒。

カウンターに並ぶ日本酒は磯自慢、久保田、神亀、るみ子の酒、久礼、八海山、悦凱陣、美丈夫、石槌など。

いちばん端に置いてある見かけない一升瓶のラベルはおでんでん
三好市池田町の酒蔵、中和商店の日本酒。
おでんでんとはおでんとは関係がなく、お殿田と書く、佐那河内村が江戸時代に阿波藩の殿様に献上するお米をつくっていたことから名付けられた銘柄。

さて、今日はをいただこうかなぁ、と考えていると、
今日はこれがおすすめなの、と女将が出してくれたのは久礼の特別純米、花河童
涼やかな瓶が綺麗な、土佐のお酒。

飲みやすいお酒は危険、危険。

それにしても誰も入ってこない。

他に誰もいないのをいいことに、酔いにまかせて、女将さんを相手に問わず語りをしてしまう。

自粛をして家に閉じこもっていても、ウィルスは消えてなくなるわけじゃない。
この流行り病いが落ち着いたらまた伺います、などと綺麗事を言ってみても、黙って事態が収まるのを待っていても悪化することこそあれ好転することはないでしょう。

その前に、好きな店、馴染みの酒場、懇意にしていたところや、いつか行きたいと思っていた場所はたぶん力尽きて継続を断念してしまう。

現に、また行きたいと、あるいはいつかその地に旅した際には訪れてみようと思っていたリストのお店が次々と既に閉店されたという悲しい知らせを聞いています。

思うに、
この今の時期は、ウィルスを恐れてどこにも行かずに家に閉じこもっているという過ごし方ではなく、いかにして感染を防ぎつつ、日常生活を続け、経済を回し、この感染症をやり過ごしてうまく賢く生きていく方法を模索する時間にしなくては。

おそらくこのウィルスとの付き合いは、きっと来年も、再来年も、下手するともっともっと続く人類が背負う宿業のようなものになるだろうから。

世の中を眺めていると、そのうち特効薬やワクチンが救世主のように颯爽と現れて、去年までのような日常生活や仕事のやり方やレジャーや娯楽、遊行や会食などもすべて元通りになるだろう、みたいな極めて楽観的な風潮を感じるのだけれど、たぶんそんなことにはならない。

ワクチン?
天然痘以外に人類がワクチンによって根絶できた感染症がどれくらいあるでしょう。
インフルエンザのワクチンを見ていてもわかるように、呼吸器系疾患のワクチンは感染予防というより重症化を防ぐ意味合いが強い。
毎年毎年変異を繰り返すウィルスに対してワクチンで戦っても人類に勝ち目はなさそうです。

つまり、三密を避け、大声で会話をせず、手洗いうがいをする。
独り呑み、一人旅、ソロツーリング、ソロキャンプ、ソロプレイ、独り言。

うんうん、と優しく聞いてくれる女将の笑顔に乗せられて
柄にもなく、ちょっと熱く喋ってしまった。

そんな夜。

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