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オールの小部屋から③ 『インシテミル』のこと

 オール讀物9・10月合併号の発売日なので、その話を……と思ったのですが、どうしても『インシテミル』のことを書きたくなってしまいました。
 先週末に米澤穂信さんをお招きして、新刊『可燃物』ネタバレトークイベントを開催したからです。まだアーカイブを販売しているので、詳細な内容を語ることは控えますが、米澤さんの口から「『可燃物』は『インシテミル2』だ」という趣旨の発言があったのですね。

 ※アーカイブ動画をこちらで販売中。米澤さんの濃厚トーク2時間(予定より大幅に延長)が660円! お買い得です! ちなみに私が聞き手を務めました。

『インシテミル』は、2007年8月に文藝春秋より刊行された米澤さんの9作目。書き下ろし(雑誌等で連載せず、いきなり本の形で刊行する)長編で、原稿をいただいたときから「傑作だ」と確信し、「時代を変える1000枚!」とまで帯に書き、自信をもって刊行のお手伝いをしました。ただ、当時まだ、リアルタイムでは私はこの作品の真価をじゅうぶんにわかっていなかったと思います。
 それを身にしみて感じたのは、刊行後、9年が経過した2016年。雑誌「ダ・ヴィンチ」(2016年4月号)に掲載された有栖川有栖さんと米澤さんの対談を読んだときです。
 この対談は衝撃的でした。現在、『米澤屋書店』(文藝春秋)に収録されているので、いつでも読めるのですが、有栖川さんが『インシテミル』について、こうおっしゃっているんです。 

あの作品を読んで、私は新本格が完全に終わった気がしました。新本格というものを素材にして、新本格とは全然見えてくる景色が違うものを構築した作品だったと思うんです。(中略)単行本の帯に「見つかった。僕たちのミステリー」と書かれていて、「その『僕』に私は含まれない。これは『あなたたち』のミステリーだ」と思ったことを覚えています。

『米澤屋書店』p298~p299

 あの有栖川有栖をして「新本格が完全に終わった気がした」とまで言わしめる『インシテミル』とは何だったのか――。あらためて『インシテミル』について考え、この数年、自分なりに整理してきたことを言語化し、先日のイベントで米澤さんにぶつけたつもりです(『インシテミル』愛が強すぎて米澤さんが引いていた、とあとで言われましたが……)。
 もともと私は法月綸太郎さんの大ファンで、法月さんに会いたくて京大ミステリ研に入った人間です。当時の学生の常で、法月さんの小説だけでなく、一連のクイーン論にもすっかりやられた口なのですが(とくに心酔したのは「初期クイーン論」と「一九三二年の傑作群をめぐって」。いずれも『複雑な殺人芸術』[講談社]に収録されています)、2000年代に入って米澤さんが立て続けに発表した「古典部シリーズ」「小市民シリーズ」さらに『インシテミル』は、法月さんの仕事をさらに徹底した〈その先〉にあるものではないか、と感じるところがありました。
 法月さんの評論を、探偵論の文脈でものすごく粗っぽくまとめると、探偵もまたこの世界の「内部」にいて、犯人やその他の登場人物たちと相互に影響を及ぼしあっている、ということかなと思います。米澤作品にとってそれはすでに自明のことで、さらに、探偵もひとりの登場人物にすぎない以上、その適格性や正統性が厳しく問われることになる。作者の構築した本格ミステリ空間であってさえ、場の空気を乱す「推理」などうっかり開陳しようものなら、その空間から排除されかねない。いくら論理的に推理しても、論理=説得力ではありえない――。

『可燃物』ネタバレトークイベントの様子(©文藝春秋)
「Missing Link」「Whydunit」などとホワイトボードに書いてありますね。

 イベントでは個人的な話は控えたので、少しだけ思い出話をお許しいただくと、私が米澤穂信さんと初めて会ったのは(たぶん)2004年秋の鮎川哲也賞のパーティ。すでに『さよなら妖精』(創元推理文庫)が話題になっていた頃です。立ち話で「ぜひ文春でも本を」とお願いすると、内ポケットから魔法のように紙をとり出して、
「じつは腹案があります」
 その場で「インシテミル(仮)」と書かれたプロットを見せてくださったのでした。
 打ち合わせをへて、実際に原稿が届いたのが2007年6月末のこと。深夜の時間帯で、すでに会社を出て帰途についていたのですが、携帯でメールの受信を知り、あわてて社に戻ってPCで『インシテミル』のファイルを開き――。1000枚の原稿というのは、短めの長編2作分くらいの量があるのですけれど、あまりの面白さにプリントアウトも忘れ、PCのモニターで最後まで読み終えたことをよく覚えています。明け方まで働いていた同僚に「すごい原稿がきた」と語った記憶もあります。

『インシテミル』単行本のカバーと帯。
装画・西島大介/装幀・関口信介

 この『インシテミル』の世界の延長線上に、今回の米澤さん初の警察ミステリー『可燃物』が位置づけられるというのです。いったいどういうことなのか、みなさん気になりませんか? まだ『可燃物』を未読の方はぜひ手にとって、先に紹介したネタバレトークイベントのアーカイブをご覧いただけたらと思います。警察ミステリの系譜(F・W・クロフツやヒラリー・ウォーの名前が出ていました)、本格ミステリの系譜、それぞれのジャンルの正当な後継者として『可燃物』が書かれたことがおわかりいただけるのではないでしょうか。

『可燃物』のカバー画像。
装幀・野中深雪

 というわけで、オール讀物9・10月号の紹介ができませんでした。
 次回こそ、オールの魅力を語ります! 「本の話ウェブ」に9・10月号の内容紹介を書きましたので、こちらをぜひ! ご一読ください!

(オールの小部屋から③ 終わり)

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