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ジャームッシュは日常の中の非日常がお好き『リミッツ・オブ・コントロール』

80年代から90年代にかけてスタジオ映画からの枠を超えてアメリカン・インディペンデントのムーブメントを牽引した映画監督ジム・ジャームッシュ。『ストレンジャー・パラダイス』『ゴースト・ドッグ』とカルト的な人気を誇る数多くのフィルモグラフィーで知られるが、00年代に入ってからの作品はあまり語られない。私は00年代からの作品が好きだ。ビル・マーレイ演じる中年男が元カノ4人を訪ねる旅を描いた『ブロークン・フラワーズ』(2005)は哀愁がたまらない。アダム・ドライバー演じるバスの運転手が詩作を続ける日々を綴った『パターソン』(2016)は、日常の中の非日常が劇的に映す。オフビートな作風に磨きのかかった良作揃いの中、『リミッツ・オブ・コントロール』は先述した2作の間、2009年に公開された。


スペインに降り立った殺し屋は、「自分こそ偉大だと思う男を墓場に送れ―」という言葉を与えられる。殺し屋はさまざまな仲間たちと接触する。指令はマッチ箱を通して、紙で伝達される。殺し屋は任務の遂行を果たすべく、スペインの土地を巡る―。

“エスプレッソを2つ注文”、“携帯も銃も仕事中のセックスもなし”。それ以外は全て謎に包まれたまま、名もなき“孤独な男”…この主人公のモデルになったのはジョン・ブアマン監督による『殺しの分け前/ポイントブランク』でリー・マーヴィンが演じた殺し屋だ。

ジャームッシュが参考にしたのはキャラクターだけではない。
クリストファー・ドイルを撮影監督に迎え『殺しの分け前/ポイントブランク』の映像を徹底的に分析。画の中の画、カーブ道など意図的に外部と内部のものを混乱させるようなショットを取り入れているのもその影響だ。

 本作には台詞がほとんどない。エスプレッソを注文したり、指令の伝達に使用するマッチを交換したり、スーツを着替えたり決まった動作が繰り替えされるだけだ。数少ない会話も「スペイン語は話せるか?」という合言葉ではじまり、同じような構造の話ばかりである。繰り返される映像や会話は、同じ状況、同じ日常にも多くのバリエーションがあることを表現している。

もう1点、本作は説明描写がほぼない。ストーリーの切り替わりも唐突で、気が付けば物語は大きく転換している。この省略は劇中に登場する「想像力を使え」という言葉の通り、観客に自ら考えさせるメッセージにも受け取れる。

インタヴューで語っている通り、ジャームッシュが深く考えているのは間違いないだろう。しかし、脚本も絵コンテも書かず、クリストファー・ドイルと議論を重ねながら作り上げる手法を見ると、やはりジャームッシュの脳内イメージを即興で表現したようにも見える。きっと、大好きな『殺しの分け前/ポイントブランク』を脳裏に浮かべながらだろう。高尚でアーティスティックで難解に見えても、本人は純粋な映画好きだったりする。そのギャップが大好きだ。

参考文献
OUTSIDE IN TOKYO 『リミッツ・オブ・コントロール』ジム・ジャームッシュ オフィシャル・インタヴュー
http://outsideintokyo.jp/j/interview/jimjarmusch/index.html

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