#03 『田口』
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#03 『田口』

古本屋で絵本を物色していたときのこと。
値札に「裏に印鑑あり」というメモが書いてあるのに気がついた。
いわゆる本の発行日などが書かれた最後のページに
持ち主と思われる方の印鑑が押してあり
それを前もってお知らせするための
いわば書店員の心遣いのメッセージであった。

本文に落書きがされているわけではないし
そもそも古本であるので
そういう前の持ち主の痕跡は仕方ない。
むしろ逆にこうした痕跡に価値を見出して
本を執筆した方を知っている。
私としてはなんの問題も感じないどころか、むしろ歓迎だ。

もし印鑑が押していなかったら
もう少し高値で買い取ってもらえたかもしれない。
そう考えると、前の持ち主はちょっと勿体無いことをしたなと思った。

別の絵本を物色していたら
また同一人物の印鑑が押してある本だった。
さらにまた別の本にも。
本の状態はどれも印鑑が押してあること以外
新品とさほど変わらないような綺麗なものばかりである。

なるほど、この人はとても絵本を大事にしていたのだろう。
自分が買った絵本は自分の大切なものであり、自分なのだ。
だから本来押すべき必要のない印鑑をあえて押したのであろう。
売る気はさらさらない。
そういう想いがひしひしと伝わってきた。

だとするとなぜ今ここに
印鑑が押された本があるのだろうか。
なぜ売ることを決意したのだろうか。
それとも何かが起きてしまったということなのだろうか。

ドラマを感じる。
感じずにはいられない。
古本屋の店主に聞けば何かわかるかもしれないが、
私がそこへ踏み込んではいけない気がする。
気にはなるが、そこまでは踏み込んではいけないのだ。
私が踏みこめるのは、
本の前所有者が「田口」さんであることだけなのだ。

だが、気になって仕方ない。
なぜなら、私が手にとる本には必ず田口印が押してあるからだ。
もしかしたら全ての絵本に押してあるのかと思い、
適当な絵本の最後のページを開いたところ
田口印は押してなかった。

やはり田口は只者ではない。
田口は相当な絵本好きであることは間違いないのだ。
これはアレだ。
もう田口印のある本を探せば
間違いない絵本が手に入るということだ。

こんな楽しい絵本探しはない。
これ、田口好きそうじゃね?とか
心の中で思いながらの本選びの楽しさといったら
もはや宝探しである。
いや田口探しか。

そうこうしているうちにある本が目に止まった。
ずっと探していた絵本だ。
このときはさすがに田口探しとは違う衝撃が走った。
なにせ長年探していた絵本が目の前にあるのだから。

胸の高まりを抑えきれない私は
その絵本を手に取りゆっくりページをめくっていった。
内容が頭に入ってこない。それくらい興奮していた。
ページをめくるごとに、
その興奮は、目的の本を見つけたことによるものではなく
違う興奮であることに気がついた。

そう、私はこの本の最後のページに
「田口印」があることを期待しているのだ。
期待しながらページをゆっくりめくっているのだ。
押してあってほしい。
田口印が押してあってほしい。
溢れるドーパミンを抑えることのできない私は
後半の数ページをすっ飛ばし、
最後のページをめくった。

するとそこには印鑑が押してあったのである。
「谷口」という印鑑が。

このときの気持ちはもう言葉でも絵でも表現できない。
最悪、田口印がないならないで仕方ないし
ずっと探していた絵本が手に入ることで一件落着なのだが、
新たに「谷口」という存在が現れたのだ。

自分は田口派だと思っていたのに谷口派だったなんて!

こうして私は閉店時間まで谷口印を探す旅へ出かけたのであった。

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石田意志雄

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