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どの子もできる「台上前転」のために

はじめに

小学校の中学年、高学年の体育の学習内容に、台上前転・伸膝台上前転という技があります。
これらの技は跳び箱運動で行うものとされていることから、教師は当然のように跳び箱を使って行わせます。

しかし、その考え方は本当に適切だと言えるのでしょうか。
子供によっては、跳び箱ではなくマットを使ったとしても「『台』の上で前転をする」ことができれば、それで十分ではないでしょうか。

これが、今回の記事の要旨です。

なぜ「マット」の「台上前転」か

さて、この「『台』の上で前転をする」とは、どういうことでしょうか。
それは、<助走から両足で踏み切り、(足を伸ばしたまま)腰の位置を高く保って着手し、前方に回転して着地すること>と言えます。
『小学校学習指導要領解説体育編』の台上前転(伸膝台上前転)の説明には、<>内のものが書かれているからです。

つまり、「台」を使ってこの<>内の動きができることが「知識及び技能」として育みたいことなのです。
したがって大切なのはその動き作りですから、台が跳び箱でなくてはならないということはないはずです。
むしろ、「マットの台」も「台」と考えた方がいいはずです。

そう考える理由は次の二点です。

まず、あの固くて頑丈そうな木の箱は、子供によってはとても恐怖を感じさせるものだからです。怖さが先立てば、できるはずの動きもできなくなります。
「体育嫌い」をつくったり、劣等感を感じ取らせたりする原因になります。

次に、事故による怪我を防ぐためです。
台上前転を甘く見てはいけません。台上での回転力が不足して横に落下したり、着地する前に背中を跳び箱に打ち付けたりする事故が、起きやすいのです。
そして、落下事故の原因は、少なからず跳び箱の与える恐怖心なのです。
跳び箱による恐怖心から台上での前転が怖くなり、途中で回転を止めてしまうために横に落ちてしまうのです。

「跳び箱運動は跳び箱を使うものだ」などの思い込みによる指導観に教師が規定されがちなことは、これまでのこの「ヒント帳=リフレク帳」で何度か述べてきました。
64回目ではバスケットボールのこと、65回目はサッカーボールのこと、139回目は走り高跳びのことについて、そのどれもが「競技」としての用具に教師が引きずられることで子供の学びを貧しくしたり危険にしたりしていることについて言及しました。よろしければ御覧ください。


「台上前転」の概念を変革

では、台上前転の指導においてマットをどのように使ったらいいのでしょうか。
そもそも、『小学校学習指導要領解説体育編』でも、台上前転においてマットを使うことが勧められています。例えば中学年の説明として次の表現が見られます。

台上前転が苦手な児童には、マットを数枚重ねた場で前転したり、マット上にテープなどで跳び箱と同じ幅にラインを引いて、速さのある前転をしたり、真っ直ぐ回転する前転をしたりして、腰を上げて回転する動きが身に付くようにするなどの配慮をする。(p.85)

どれもとても効果的と思える方法です。ただしこれは、「運動が苦手な児童への配慮の例」として示されているものです。
あくまでも「動きづくりの練習の場」の紹介なのです。
つまり、ゴールは、「跳び箱の上で前転をすること」に設定されているのです。

これでは、跳び箱に対する恐怖心が強く拭えない子供は、結局「できない」であろうことが予想されます。その結果、達成感や自己有能感を感じ取れなくなります。

だから、「台上前転」という技に対する見方を、教師も子供も変える必要があるのです。
私の場合は、「跳び箱」の上で回転するのも「台上前転」であり、「跳び箱の上にマットを乗せたもの」や、「マットを折り畳んだ」ものの上で回転することもまた「台上前転」なのだと、捉え直しをしました。

つまり、その三つの「台」の場を設定して、その中から子供に挑戦したい場を選択させたのでした。
この考え方では、どれであっても、台の上で前転ができれば「合格」です。
三つの内のどれか一つが「偉い」のではありません。
そうではなく、学習として次のような課題を子供とつくり、それぞれの場で追究していくのです。

・助走から着地までを滑らかな一連の動きですること
・真っ直ぐ前転すること
・腰の位置を高く上げた「大きな前転」にすること
・膝を伸ばして回転すること

「恐怖と戦う体育」は、体育学習ではありません。

三つの場の前に着地に慣れる

ところで、上記の三つの「台」の場に子供が分かれる前に、私が必ず全員に対して指導した内容があります。

それは着地です。

どの「台」であっても、いきなり子供に取り組ませると、例外なく着地の時にバランスを失うなどして、恐怖心を煽ってしまいます。
中にはお尻から着地して痛い思いをする子もいます。

そこで私は、マットを積み重ねて、その上で前転をさせて、「高い位置から転がり落ちて立つ」感覚を掴ませました。
安全のため、着地の場所にはセーフティマットを敷いておきました。
これを数回やらせることで、着地に慣れさせ、意識して着地ができるようにさせたのです。

指導上の注意

最後に、指導上の注意として次の四点を挙げておきます。

まず、安全確保のために、「台」の前後だけでなく、左右にもマットを敷くことです。
特に、「跳び箱」と「跳び箱の上にマットを乗せた台」の場合は、セーフティマットを横に敷くことがベストです。しかし、それだけの数のセーフティマットがないという学校が多いでしょうから、マットを重ねるなどの工夫を必ずしてください。

次に、「マットを折り畳んだ台」は、思うようにマットが折り畳めず、すぐに開いてしまいがちです。紐などで縛るとよいです。高さを出すためには、マットを重ねた上に乗せます。

そんな「マットの台」であっても、腰を上げて前転をすることそのもに恐怖を感じる子もいますから、工夫した「感覚つくり・動きつくり」の運動を予備的に、また「課題達成の場」に取り入れることが大切です。

四点目は、伸膝台上前転において膝を伸ばさせる指導についてのことです。
小学校では、マット運動での伸膝前転は指導内容ではありません。
そのため、回転中に膝を伸ばすように指導をすることに抵抗を感じる教師もいるかもしれません。
しかし、「台上前転」では、「腰を高く上げる」動きによって自然に伸膝の状態がつくられるため、結果として回転中に膝が伸びやすくなります。
ですから、事前練習で、マットで膝を伸ばした前転をできるようにさせる必要はないと経験的に言えます。
マットだけの場で練習を行うとしても、膝を伸ばすことを意識させる程度で十分のはずです。

以上、どの子もできる「台上前転」のために「台上前転」というものの概念を変えることの提案でした。