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【小説】かさぶたミミちゃん(ショートショート)

 いわゆる、変質者とカテゴライズされる人に大通りでスカートをめくられて、その衝撃で転んでひざにひどい傷を負う。
 親切なドライバーが私に駆け寄って、ドライブレコーダーで録ってますから、大丈夫ですよ、何かあったら提供します、どうぞ、車に乗ってください、と言うそちらの方が怖いって。
 そんな自分しか信じられない世の中で唯一、慈しむ存在を、生み出した。

 変質者のせいで負った大きな膝の切り傷からは黄色い水がひたひたとあふれ出て、しばらくは湿った細胞があーだこーだと落ち着きを見せなかったけど、5日ほどしたら、やんわりと固形化が始まって、私の皮膚の一部は、私の意思とは関係のないところで蘇生を始めて、まるでそこで植物を育てるみたいに、日々日々水を与える、くらいな気分でそのかさぶたを眺めていた。
 かゆみは治りがけの証拠、だなんて、まあ、ネットで見たけど、かゆみはやっぱりつらい。でもね、私のその、膿は、もう、実は既にそんとき名前つけたんだけど、私の黄色い細胞の塊がミミちゃんって名前を得てこの世に生れて、私はさ、ただただその成長を愛を持って眺めていた、だけのつもり。だから、かゆいのも、なんていうのかしら、成長してる証拠だよね、っと思ったら、嬉しいくらいの感じになった。
 ミミちゃんは最初目も鼻もなくって、ただ、なんとなくそこにプランクトンみたいな生命じみたものがあるなあ、って感じだったんだけど、確実にそれは、時間の経過を経て、顔の様相を呈してきて、目はあるし、鼻もある。なんなら、髪さえうっすら生え始めてて、ハリボーみたいな堅さのミミちゃんをときどき撫でまわしては、あはは、なんだかくすぐったいの、ミミちゃん、私なのに私じゃないのかしら、なんて、思った。
あるとき見たら、ミミちゃんには小さな形の良いお口ができていて、そっから会話できるようになって、ミミちゃんの考えてることかを言ってくれるようになって、とは言っても、そのときの私としては、餌を与えなくちゃならないのよ、ほんと手がかかるんだからと友達に自慢しつつ小鳥を飼う、くらいの気持ち。煩わしいけどかゆいけど、かわいいが勝ち。そんなとこ。
 ミミちゃんは実はまあまあ聡明で、5日たった頃には自分の存在意義をはっきりと自覚していた。
 あーちゃんの身体の中の悪いとこ、私治せるし、何かあればいろいろ言ってね、なんて相談に頼もしくのり始めたときに感じたそれはなんていうのかな、4月生まれの私が3月生まれの同級生に優位を感じていたら1年たったところで全然追いついてきて戸惑うみたいな感覚かな。
 ミミちゃんが、ある日こんな提案してきた。
 あーちゃん、実は肩コリでしょ、行ってくるね。
 ミミちゃんは匂いを嗅いだら甘い匂いがしそうな小さなかわいい声で、そう言い残すと、その形を皮膚の中に押し込めて、私の身体の中を泳ぎ始めたんだと思う。しばらくしたら肩のあたりがひくひくっと動いて、ああ、なんなん、気持ちいいいけど、とじんわり温かみ感じて、血流ってやつを実感して、身体熱いよ、ミミちゃん、と思ってたら傷口から小さな顔出して、まつ毛ばしばし言わしながらどう? 良かった? と言ってきた。ミミちゃんに私はお礼を言って、その日は確かに深く眠った。
 ミミちゃんって、私のためにいろいろしてくれて、もう、大切な存在すぎてどう表現していいのかわかんないけど、ミミちゃんはとにかく、成長が激しくて毎日見た目が変わる、そこに、ドキドキと、驚きと、戸惑いも、多少あるかな、感じながら、でもミミちゃんのこと、私大好きで、ほんとに心のよりどころにし始めていたんだと、思うのね。

 傷の周りの模様は最初ドーナツ星雲みたいに赤、青、黄色、それ以上の色が複雑に混ざり合って、外に向かって紫のグラデーションが綺麗。それが太陽のプロミネンスみたいに日々躍動感のある変化を遂げてた。
 でも、ある日急に紫色がもとの肌色になって、ミミちゃんも、もう私ここに居る必要もないから、って私の体中を自由に泳ぎ始める時間が長くなって、ミミちゃん、どこに行ってるのって思ったけど、でも、不在の間、実はミミちゃんは私の左右非対称な顔を矯正したり、脂肪の蓄積をしないように身体をあっためたり、塩分取り過ぎた時なんかは、そのナトリウム成分を水分と一緒に排出するように、他の機関とコミュニケーションとりながら取り計らってくれたらしく。
 ついこの間まで幼稚園児くらいの知能と思っていたのに、社会性まで身につけちゃってさ、しかもさ、久々に傷口から顔見せた時びっくりしたの、ミミちゃん、凄い美人になっていたんだ。
 瞳がね、もう、分かりやすく言えば大きい。それで、そこを縁取るまつ毛が上にも下にもびっしりで、少女漫画の顔みたいなの、それでいて、鼻は程よく、いやみ無く高くて、口は笑うと大きいと思うけど、お話していない時は主張していない、要するにとっても魅力的なお顔なの、それに加えて髪の色がブロンドなんだから、何のおとぎ話の主人公なの? って思っちゃう。私のまっ黒な色素はミミちゃんにその美しい色素を奪われたから、なんじゃないかしら、とふと思うし、見ると、ミミちゃんてば歯も真っ白。私、最近虫歯ができ始めているのね、急にそんな感じだったから、ミミちゃんにカルシウム分け与えちゃったんかな、そりゃ、ミミちゃんなんだから、嫌じゃないけど、まあ、そこ、ふとね、思った。

 ある日私はミミちゃんの、見えない下半身に興味がわいちゃって、引きずり出そうとひっぱったら、ミミちゃんが凄い形相で痛い痛いって泣き始めて、ごめんね。悪気は無かったんだけど、もうミミちゃんをミミちゃんじゃなくて、私から離れたミミちゃんとして、向き合うのも、良いんじゃないかと思って、そうした方が、生活楽しいんじゃないかって思ってひっぱって、ごめんね。
 そんなことがあった後、眠って起きたら、ミミちゃんもいなければ傷口も跡形なく、何事も無かったようにそこは滑らかな皮膚があって、ああ、もう私はミミちゃんを忘れて生きようって決めた。
 普通に会社に行って勤怠カードを提示して、また勤怠カードを提示して帰ってくる、そんな日々を送っていたんだ。そのつまらなすぎるある日、会社の帰りに二つ歳上の先輩がね、お酒に誘ってきて、別に、何にも思っていない人だったけど、そーゆうのが何にも無い私は舞い上がって、先輩に付いて行った。その先輩は仕事で関わる人ではなかったので、完全にプライベート感覚だった。一軒目でお酒を二杯飲んで、お刺身を食べた。二軒目、薄暗い照明のバーに行った。そしたらそこに、なんとミミちゃんがいた。
 ミミちゃんはどう見てもどこから見ても、第三者の目からは眩しいくらいに素敵な女性に見えた。年齢は私と同じくらいに成長していて、お尻は大きくて、幾何学模様のワンピースを着ていて、テロテロ素材なのに、そのおっきなおっぱいの大きさがはっきりわかるくらい、バランスの悪いくらいにスタイルが良くて、それでいて顔は述べたとおり、ちょっとハーフ気味で、のっぺりした自分との比較が笑ってしまうくらいの、メリハリでできた全て。目も青かった。
 で、当然その場にミミちゃんは独りでいたわけではなく、どなたかと楽しそうに談笑されていていて、その様子を見る限り、そこに居る男性はミミちゃんに既に夢中だ。ミミちゃんは目を細めて笑いながら余裕な様子。男性が少し席を外した瞬間に、なんと、一緒に居た先輩が私から離れてミミちゃんに近づいて、どんなリキュールをからませたらそんなに甘いセクシーな声を出せるんですか、なんて気持ちの悪いこと言ってるのを聞いた。ミミちゃんはそんな時も嫌な顔するどころか、にこにこ笑って先輩のご機嫌を取ろうとするものだから、私は腹が立って、私もミミちゃんに近づいた。
 ミミちゃん、ちょっと、気をつけなきゃダメよ。何こんな時間まで遊んでるの。
 ミミちゃんは私を見ると少し驚いた様子で、でもすぐに目を伏せて、ごめんなさい、あーちゃん、と言った。でもね、と何かを言おうとしたけど私はそこを遮って、ごめんじゃなくてね、遊んでないで、早くおうちに帰りなさい、と、言った。
 私はその日お酒を飲み過ぎて、帰ると等身大のミミちゃんがいて、というのも、私が酔った勢いで注意した注意事項をうのみにして、それをそのまんま言うこと聞いておうちにいたものだから、つい、さらに調子にのって説教したのよ。
 あなたなんか、そんな生活していたらそのうち不幸になるんだから!
 私以上に幸せになったりなんかしたら、許さない。
 私から生まれたくせに私よりちやほやされるなんて、嫌!
 私の手のひらの中で、私が理解できる範囲内で幸せになってもらわないと、だめなんだから! 私はあなたにほんとのところ、嫉妬しか抱いていないんだから!
 思わず言った。ミミちゃんだから言えてしまった。私から生まれたミミちゃんだから、私にはわかる。でも、ミミちゃんは私じゃないのにね。
 言ったあと後悔して、それでもミミちゃんはごめんなさい、と言って目を伏せてうなだれて、そのいじらしい姿を見たら、私、もう、止まらなかった。愛おしいっていう気持ちがあふれ出て、あふれ出過ぎて、ミミちゃんを食べたくてしかたなくなってしまった。
そう思った瞬間、ミミちゃんの白い首筋にぶっとかみついて引きちぎってしまって、そしたら凄い甘い味がして、たとえるなら桃みたいな爽やかな味。
 ミミちゃんはしばらく泣きながら、痛い痛いと言って首から流れる透明なシロップみたいな液体を手でおさえていた。
 ああミミちゃん、また、ごめんね。
 でもこうやってずっと行くんだろうなあ。ミミちゃん、ごめんね。



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