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【心の物語】身体に閉じ込められたある男の物語〜その1.孤独な旅の意図

セルフセラピーの過程で、時々湧き上がってくる物語を、気が向くままに書いていきます。

少年の孤独な船旅

船の中。大きな木造の船。10歳くらいの少年が、一人船の中を走りまわっている。肩につくくらいの栗毛色のストレートヘアをしている。

船の中に家族はいないようだ。家族は海に落ちてしまったのだろうか。どうして、この子は、一人船の上を飛び回って、元気にはしゃいでいるのだろうか。

いくつもの夜と朝が繰り返される。その子の行動には、規則性がない。誰かがその子の世話をしてくれているわけでもない。樽から水を飲んだり、カゴの中のパンを食いちぎったり。どうやって、その子一人で、船の中で生きられるというのだろう。

そんな日々が何日か過ぎていき、気がつくと、その子は、床の上に仰向けで寝そべっている。顔は青白く、唇にも色がない。栄養が不足しているのだろう。なぜか、右手にコインを握りしめているが、その指には力が入っていない。

船の中にはたくさんの食べ物と飲み水、そして、コインがあるが、何一つその子を満たしてはいない。いや、もはや、その子は、命の際にある。

司祭の様相をした男が数人、船に乗り込んできた。海を漂う船を不審に思ったようだ。すぐに少年を見つけて、介抱しているが、状況が把握できていない。立派な船の中に、一見裕福そうな家の少年が、一人倒れているのだ。周囲には、水や食べ物やコインが山のようにあるが、大人は誰もいない。事件や事故に巻き込まれたというのだろうか。船が荒らされた様子はない。血の跡もない。この子だけが生き残り、家族だけが姿を消したなどとは、考えにくい。

少年が握りしめていたコインが、手の平から床に転がる。彼の命を救いはしないコインが床に落ちる音が、鈍く、また、虚しく響く。

司祭は、周囲を見渡す。この船の中に少年の出自がわかるものがないか探すように命じている。すると、一人の部下が、テーブルに無造作に置かれた手紙を発見する。

そこには、こんな内容が書かれてあった。

この子を、神の意志に沿って、一人出航させる。

司祭の一人が、地図を広げて、彼が出航したであろう港に当たりをつけた。栄養失調のようだが、まだ命は保っている。樽の中の水や食いちぎったパンの状態から、10日から2週間ほど、海を漂っていたのだろうと推測した。塩の流れと日数から、港を特定するのは、そう難しくはなかった。少年を自分たちの船に乗せた司祭は、少年を介抱しながら、数日かけてその港町にたどり着いた。

突然、司祭を乗せた大きな船が入港してきたことに、港町は騒がしくなった。少年を船に残し、司祭たちは、その住人たちを驚かせないように配慮しながら、港町で調査をした。

すると、ある家族の姿が浮かび上がった。地元の名士であるウィルソン家だ。

(ここはどうやら、1120年頃のイングランドのようだ。)

少年の親

司祭たちは、船を拠点にしてしばらく港町に滞在し、少年を回復を待った。少年は、目を合わせることが難しく、また、言葉を話さないようだった。船で何かがあって、少年はショックから気が触れてしまったのだろうか。それとも、この状態は彼の生まれ持った性質なのだろうか。

ウィルソン家について港町で調査をすると、確かにその家には、10歳くらいの長男がいることがわかった。そして、確かに、彼は言葉が話せず、予測不可能な行動をとり、両親は、その子に手を焼いていたことがわかった。

だとしたら、彼が一人で旅をするなどとは考えにくい。資産のある親が、息子に手を焼いて、水と食料とコインを積んだ船で、彼を一人、出航させたのだとしたら。

その想定は、どうやら正しかったようだ。少年の出航を手伝ったものが名乗り出てきた。二人の船乗りが、港町から駆り出され、少年の出航を手伝ったという。そして、ウィルソン家の言いつけ通り、3日ほど船を走らせたのち、小さなボートに乗って、少年を船に残したまま、港に戻ってきたのだった。

船の中には、たくさんの水と食料、コインがある。少年を見殺しにしたわけではない。二人は正当な報酬を受け取って、その役割を実行した。

司祭は、その事実を知って、ウィルソン家が何を計画していたのかがわかった。

彼らは手に余る長男を、神の意志と見せかけて、一人船に乗せ、家族から追い出したのだ。信仰を言い訳に使い、彼らは、子どもを捨てたのだ。水と食料とコインを持たせ、息子に生きる望みを与えたが、息子が一人で飲み食いできないことくらいわかっていた。水と食料、そして大量のコインは、彼が海賊に襲われるきっかけ作りでもあったのだ。

司祭は、少年の孤独な旅の裏にあった大人の意図に気がついた。

続く


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