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画像編集を外注して、ライターの世界に明朗会計を増やすこと

オウンドメディアで初めて編集者になった人たちと仕事することになり、画像編集で苦しんでいる全ライターに言いたい。「その作業は外注することができます」。

「セレクトとトリミングの作業お願い。撮影してきたのは300枚くらいで、本文用7~8点+タイトル1点、タイトル用は16:9でトリミング。ファイルリストつけてください。あさってまで」

家の中で、こうした発注ができるようになって本当に楽になった。これは私(ライター)から夫(カメラマン)へのよくある画像編集の発注だ。しばらく前から、毎月報酬を支払って記事に使用する画像の整理や編集をしてもらうようになった。カメラマンとしての夫に発注した撮影だけでなく、私が撮影した画像でもこの作業をやってもらっている。

例文にあるセレクトとは、撮影した写真から記事に掲載する写真を選別すること、トリミングは余分な部分を切り落とすこと、ファイルリストは画像ファイル名の一覧(テキスト形式)だ。どれもそれぞれは小さな作業ばかりで、以前はこうした作業はライターが自分で抱え込まなくてはならないのだと思いこんでいた。とてつもなくストレスだった。

ストレスと感じる理由はそれほど大したことではない。文章を書く作業と画像を編集する作業は性質が異なるというだけだ。けれども、長いインタビュー音声から文字起こしをし、デスクトップから机の上まで資料を広げ、3行書いては文献チェック、を繰り返して記事を書いてから頭を切り替えて画像を整理するのは辛い。特に取材で多く写真を撮ってきたときには、点数が多くていつまでも終わらない、ゴールが見えないと感じてしまう。同じシチュエーションで何点、何十点と写真があるとき、アタリを選ぶのは本当にきつい作業だ。

回顧談をする。1990年代はじめごろ、私はパソコン雑誌の編集部にいて、日々この画像編集の作業をやっていた。紙の雑誌を制作する行程の中でこれがどうなっているかというと:

撮影(画像制作):カメラマンによる写真撮影、イラストや図版発注、スクリーンキャプチャー(ソフトウェアの解説記事では必須)、企業などからの貸し出し写真など

セレクト:掲載画像の選別。写真の場合は、ポジフィルムをライトボックスに乗せて1点1点見てチェックする。記事に最も適したものを選び、番号などをつけて後工程でわかるように整理しておく。画面写真の場合は、点数に応じて大まかにレイアウトしてみて誌面に収まるかどうか考える。紹介するソフトウェアの操作を1ステップずつ解説するようなタイプの記事ならば、点数が多くてもすべて掲載する必要があるため、「どうやって収めるか」を考える。端折ってもよい記事ならば、どれを残してどれを飛ばすか考える。イラストや図版、貸し出し写真はもともと点数が少なく、ありきで誌面を作るためセレクトの手間はほぼない。

指定:入稿作業の中で、画像を誌面のどこに、どのように配置するのか指定する。指定という言葉を使うのは、相手がいるからだ。下っぱ編集者の視点から見ればまず社内のデザイナーさん。最終的には印刷屋さん(の版下制作部門)。

「指定」の作業について詳しく解説する。ここで最も重要なことは、デザイナーさんにせよ印刷屋さんにせよ記事の中身(コンテンツ、文脈)のことは知らないし知る役割でもはないということだ。それは編集者しか知らないし、入稿の時点では編集者の頭の中にしか完成像がない。素材はポジフィルムや画像データ、テキストデータなどバラバラの物理メディアの中に存在する。だから、「レアウト用紙」という紙を使って誰にでもわかる言葉で素材の割り付けをしていく。誌面の中身を知らない人にもわかる共通言語、それを「合い番(合い番号)」という。

レイアウト用紙というのは、誌面の基本的なフォーマット(判型、本文の基本フォント、本文の文字数行数、段組みなど)を水色で印刷した、いわば雑誌の原稿用紙だ。見出しの大きさから本文の文字数、画像点数やサイズまでこの上に描きこんでいくことで、どこにどのテキストと画像が配置され、画像は段組内に収めるのか段組をまたいでテキストが回り込むのか、はたまたトビラのように大きく扱って裁ち落としもありなのか、似たような画像が続くならばその順番は? といったことがわかるようになっている。わかってもらうために「P.042-写真①」のような合い番をレイアウト用紙と画像、両方に書き込んで突き合わせができるようにする。ちなみにフィルムに直接番号を書き込むことはできないので、フィルムスリーブという透明なポリ袋に1点ずつポジフィルムを入れ、ダーマト(ダーマトグラフ/ワックスペンシル)で袋の上から番号を書き込む。紙焼きの場合は上からトレペ(トレーシングペーパー)をかけてその上に書き込む。

雑誌が紙に印刷したものである限り、形を変えてもこうした撮影→セレクト→指定の作業は必ず発生する。入れ物がレイアウト用紙やポジフィルムという物理メディアではなくなっただけのことだ。一連の作業は、雑誌制作の中でそれぞれ専門性を持った人が各工程を担うという意識の中で行われていた。

たとえば、大規模な展示会イベントを編集+カメラマンで取材したとする。1日で何百点(フィルムの場合これは大変な数だ)も撮影するため、セレクトは大変な作業だ。一方で展示品や発表の内容といった「コンテンツ」は編集者の頭の中にあり、ピントが来ていて映り込み等のない、アタリ写真をどう選別するかという「技術」はカメラマン側にある。そこで必然的に共同作業になることが多く、ライトボックスの前でああだこうだと多くの場合深夜までセレクト作業をすることになる。一刻も早くニュースページに入稿したい、といった場合、まずは下っぱ編集者やカメラマンののアシスタントが現像所までフィルムを取りに行くようなことも珍しくない。セレクトの工程だけで数人の人間が関わることもよくあったのだ。

さてこれがWebメディアになると、一気に撮影→セレクト→指定の工程が見えにくくなる。そもそもストックフォトを利用していて1記事のために撮り下ろさないことは普通である上に、執筆から編集、写真レイアウトまでライター1人が担当していて分業の意識が乏しい。すると、「写真を1、2点適当に入れてください」といった指示が編集部側から出されてものごとが済む、という意識が圧倒的になる。

ストックフォトというものの存在が大変よろしくないという話はいくら語っても尽きないが、ここではあまり長くは書かない。少しだけ例を挙げておくと、海外のストックフォトは「アジ」で検索しても「サバ」で検索しても同じ写真が出てきたりする。mackerelやblue mackerelやhorse mackerelを同じタグで取り扱っているからだ。箸で食事をする文化に関する写真は、日本も韓国も中国もごちゃまぜだ。基本的に文脈を削ぎ落とすことで成り立っているのがストックフォトなのだ。

Web記事制作というものが量産型の「いかがでしたか?」を効率的に大量に作ることだと定義されているなら話は別だが、それを続けると何もかもコモディティ化してライターの単価は下がる一方という認識がこの道で食べていくために必要なのではないだろうか。かといって、編集者がついて、画像編集をはじめ執筆以外の作業を引き受けてくれる看板コラムニストにはそう簡単になれるものではない。Yahoo!ニュース個人の場合、画像も含めてすべて入稿といえる部分(CMSの操作)に関する作業は執筆者個人の担当で、編集部の支援はない。

Web記事のビジュアル部分の価値をすべて削ぎ落とした低単価沼と、書き手が執筆だけに集中できるコラムニスト山の間には、広大で高低差のあるフィールドが存在している。この領域でがんばろうと思うならば、ビジュアルをきちっと作り込む工程を可視化して、価値に転換することが必要になる。

たとえば、オウンドメディアの場合。マーケティングや広報担当者がメディア編集者を担当することになりましたという場合、画像編集に工程が存在しそれは一つの手間であると経験もなしに最初から認識するのは難しいだろう。たとえば「写真を選んで合う位置に挿入しておいてください」といった発注で、何も考えずにはいはいと作業してWordで入稿するとどうなるか。Wordに画像を挿入すると、元の画像ファイルの文脈から切り離された、単なるサムネイルになる。人物カットでそこに写っているのは誰なのか。著作権はどうなっているのかまったくわからない。どころか、素材となった写真を確認することさえできない。上で述べたような雑誌入稿作業の「合い番」に相当するものが何もないからだ。

真面目なライターならば、作業の途中で気がつくはずだ。「キャプション書かないと誰なのかわからない」「クレジットを入れておかなければ。キャプションに書き込むのか、ウォーターマークを入れるのかどうしよう」「元の画像ファイルどれだっけ?」かくして、執筆でドロドロに疲れた状態で画像編集作業をすることになる。「すごく大変だったのにそんな作業が発生していることをわかってもらえなかった」となると、不満が鬱積していく。

取材音声の文字起こしと並んで画像編集は「自動化できればいいのに」というライターの夢だと思うのだが、文字起こしと並んでベストなツールが存在しない領域でもある※。そこで私は、報酬を支払って家庭内で外注するという手段をとることにした。もともと、辛い作業に心のゆとりがほしかったから頼んだのだが、やってみるとそれ以外にも「画像編集の単価が明確になる」という効果があることがわかった。これは当然、見積もりの明確化につながる。特にマーケティング関連の仕事だと、報酬は大枠で決まっているものの「『○○一式』だと経理を通らないので、見積もり内容をしっかり作ってください」という場合がある。余裕をもって「コレとコレとこの作業を積み上げてこの額になります」と提示できる。単価の低い作業、特に「ムック16ページで15万円」のような一見するとそこそこまとまった報酬に見えるような発注の中身を解体して検討する場合にも役立つ。
※ドラゴンスピーチ、AmiVoiceあたりからAWSのAmazon Transcribeまでそれなりに使ってきてますので『素晴らしい文字起こしツール』のことは教えてくれなくてけっこうです。

家庭内にカメラマンがいるというのは私の幸運だが、そうでなくても画像編集の領域で専門性を持った人に外注できるつながりというのは、それなりに探せばあるものだ。昔、ライターの単価のことをblogに書いたところある企業人に「報酬は市場が決めるんだから文句言うな」と取り巻きをけしかけられたことがあるのだが、「報酬は市場が決める」というコストダウンの言い訳を何もかも許容していると行き着く先は低単価沼だ。ファクトを持って工程と単価を明確化し、ささやかでもライターの世界に価値を増やせたらよいと思っている。

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