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芥川(『伊勢物語』第6段)

昔、男がいた。女で手に入れることができなかった人を、数年にわたって求婚しつづけていたが、何とか盗み出して、とても暗い時に(逃げて)きたのだった。

芥川という川を連れて行ったところ、草の上に降りた露を、
ーーあれはなに?
となあ、男に尋ねたのだった。

行く先は遠く、夜も更けてしまったので、鬼がいる所とも知らずに、雷までもひどく鳴り、雨もすごく降っていたので、荒れた蔵に女を奥に押し入れて、男は弓・やなぐい(矢の入れ物)を背負って戸口にいた。

早く夜も明けてほしいと思いながら座っていると、鬼はもはや一口で(女を)食べてしまった。

「ああ」と言ったが、雷が鳴る騒ぎで聞こえなかった。

次第に夜も明けていく時に見ると、連れて来た女もいない。足をばたばたさせて泣いてもどうしようもない。

  しらたまか なにぞと人の問いし時 露と答えて消えなましものを  (真珠ですか、何ですかとあの人が尋ねたとき、「露です」と答えて露のように消えてしまったら良かったのに)

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駆け落ちか、人さらいか、何にせよ、読んだ生徒たちが騒ぐ物語。高校の教科書にはたいてい採用されている。

「鬼が人を食べるの?」と言って驚く子、「勝手にさらわれたら、たまらない」と言って怒り出す子、「カッコイイ人だったら、さらわれてもいい。ロマンチック!」と陶酔する子ありで、いろいろさまざま。

しまいめに質問が出た。「この女の人は、さらった男のことを好きだったの?」・・・考えたことなかったね、うーん。

でも、「白玉かなにか」なんて、さらわれていてもノンキなお姫さまね。逃避行の最中に、怖いとも何ともなくて、
「きれい、真珠みたい、あれは何?」って、
恋人の会話みたいなことを言ってるのは
そんなに嫌いではなかったのではないかしら?
恋人みたいだったからこそ、男はその時に戻って、女と一緒に露と消えてしまいたいの。

と答えておいた。

ちなみに、芥川は、高槻市を南へ流れ、淀川に注ぐ一級河川で、山陽道(西国街道)がこの川を越す。重要な地点だったらしく、鎌倉~戦国時代には芥川城があった(芥川山城とは別の城)。芥川が淀川へ注ぐところは唐崎といい、唐崎から淀川を下れば鳥飼(『土佐日記』に見える)、上れば対岸に天の川や渚の院跡がある。
芥川を宮中の塵芥を捨てる川とするのは、『伊勢物語』が業平の一代記と考えられるようになってからのお話。

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