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【ショートショート】過去進行形

 灰色の雲から雨が降っているが、僅かに陽光の気配があるので明るい。もう少しで雨は止むだろう。
 
 雨上がりはいつも僕を憂鬱にさせる。
 
 僕は彼女に聞こえないように小さく溜息をつきながら「雨の日だけ死んだ人に会える場所があったら、死んだ僕に会いに来る?」商店街の屋根を打つ雨音に負けないように横を歩いている彼女に問いかける。
「雨やみそうだね」
 問いかけには答えてくれない。肉屋で買ったコロッケをモソモソと食べている。
 行きつけの本屋のおやじさんが「やぁ、デートかい?」と話かけてくると隣の靴屋のおやじさんが「いいねぇ、若いねぇ」と合いの手をいれる。
 彼女が「えへへ」と笑うと何だか周りの人達も温かく、淡く笑っているような見える。
 商店街の出口が近づいている。
「雨もうすぐやむね?」彼女は傘を持っていない。そのまま、兵隊の行進みたいに大げさに真っ直ぐ足を伸ばして歩み出て、こちらをクルりと振り向いた。その顔は僅かに差し込み始めた陽の光に透けていた。口が何度か動いたが、もう声は聞こえない。
 商店街の雑踏や人々の声が雑音のようになり、少しずつ小さくなる。店の建物や商店街全体を覆う細いドーム状の屋根も薄らいでゆく……。そして、僅かな黒い焼け残りと、鮮やかな過ぎる緑の雑草のみが残された。
 目眩がする。ふらふらと歩いた先には《安らかに》と書かれた石碑、そこには数十名の名前とあの日の日付が刻まれている。そこには彼女の名前もあった。完全に雨が止み、眩しすぎる午後の日差しが僕を照らし出す。影はできない。体を通り抜け石碑に差し込む柔らかな陽だまりをつくる。彼女の名前の隣には僕の名前がある。少しずつ意識が淡くなる。次の雨の日もまた彼女に会えるだろうか。
 
 雨上がりはいつも僕を憂鬱にさせる。

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