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【ショートショート】桜も山の賑わい

「きれいね」
 無邪気に笑う彼女を助手席に乗せ、山一面に桜が咲く頃、俺は故郷に帰省した。家族に紹介したいと伝えると、彼女はとても喜んだ。同棲を始めて今年で8年目、やっと決心がついた。
 彼女を父に紹介すると「よくやった」と褒めてくれた。母は泣いて喜んで「これ、貴女の木よ。記念に山に植えるの」と桜の苗木を彼女に見せた。
「素敵ですね。お義母様」
 春の温かな陽光は眠気を誘うはずだが、俺は彼女を両親に紹介すると決めたあの日から上手く眠れずにいる。
 ずっと逃げてきた故郷の風習。愛する人を山の神の生贄にしなければいけない。この村の夫婦は皆、"2人目の愛した人"だ。生贄を埋める墓標のかわりに桜を植える。
「ねぇねぇ、お義父さんが今日桜を植えにいくんだって。アナタもいくでしょ」
 俺は涙をこらえながら彼女を抱きしめた。
「え、どどうしたの?」この後の展開を知らない彼女。
「あらあら」俺は笑う母の顔から目を背けて
「あぁ、一緒にいこう」と別れの言葉を噛みしめる。
 今日、山に桜の木がまた一つ増える。

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