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伊勢ワーケーション:藤本隆行/Kinsei R&D(ディレクター・照明家・アーティスト)

メールをみてみると、【伊勢市】「クリエイターズ・ワーケーション」参加応募フォームに入力をしたのが2020年9月29日で、参加決定の知らせを頂いたのが10月19日。この年、僕個人への影響としては、まず2月以降は主な仕事である海外公演ツアーがなくなり、3月には国内で予定していた舞台公演も中止。COVID-19の暗雲が世界を覆ったのは、僕がわざわざここに書く必要もないでしょう。
でも、人は自分も含めて忘れやすいので、記録のために少し思い出してみました。
2月にはシャルジャというUAEの国に行ったのだけれど、その時はまだ何の規制もなく飛行機に乗っていて、3月に中止になった京都での公演もギリギリまで観客を入れて出来ると思っていたから、逆に言うとこの辺りから急激に世界中の状況が悪くなっていったんでしょう。
そんな中、経緯は全く知りませんが、半年足らずでこの「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」の募集が始まっているのには、脱帽というか、企画から実現までの瞬発力と足腰の強さみたいなものに驚かされます。そしてもちろん感謝も。
給付金とか助成金とか、それらももちろんとてもありがたかったんですが、このワーケーション募集には、「ああ、こんな形でアーティストやクリエイターに手を差し伸べてくれるんだ」という、大袈裟に言うと希望みたいなものを感じたのでした。
その時には、まさか2023年の3月でも、まだ日本の多くの人がマスク付けてるとは思ってもみなかったのですが・・・

結局、伊勢での滞在は2023年2月14日から始まり27日までの二週間の滞在になりました。
それまでに、21年1月、2月、5月と、滞在の予定を決めてはコロナ禍の状況により延期。それでも決して事業自体は中止にならず、毎回継続と再開の知らせを受け取りました。年度を跨いだこの処置に、伊勢市のそしてクリエイターズ・ワーケーション担当者の意志が見えます。他のワーケーション参加者のレポートに詳しくありますが、この企画は市の職員の立花健太さんがひとりでが立ち上げられて全行程を担当され、22年度になると担当は三宅亮次さんに替わられるんですが、それでも事業は一人で切り盛りされています。一人で回すのってとても大変だと思うのですが、僕はそれより、行政の中でこういうイベントを回しておられる方の、「顔が見える」ことがとても良かったです。もちろんどんな企画でも精査され、多くの承認を経て実施されるのは承知しています。でもこういうのって、誰の考えから生まれたのか、知っておきたいんですよね。

そして僕は、先に書いたように2月14日に伊勢市河崎にある「たらちね」という一棟貸しの宿に入りました。伊勢の河崎は、市内を流れる勢田川に沿って建てられた昔ながらの商家や蔵が続く街並みで、その町屋の作りをそのまま生かしたカフェや呑み屋、そして古書店などが民家に上手く混じり合うメインストリートと、車では入れない路地がそこここで交差しています。
たらちねも昔は商家だったそうで、通りに面した空間はたぶん商品陳列/接客スペースだっただろう広い土間、その奥に居間、台所と続き、トイレ・シャワー・洋間、2階にはベットルームと和室があり、もちろん宿として機能するように、でも雰囲気を壊さないように改装されたお家です。通りに面して白い目隠しが建てられていて、かろうじてただの民家ではないようにも見えますが、目立つ看板などはないのでプライベートは良く保たれています。実際、滞在中に何度か自分宛ての宅急便を受け取ったのですが、配達の方も遠慮がちに来られてました。


たらちね外観


知らない街に住んでみたいという気持ちは、わりと多くの人が持っていると思うのですが、僕にとってもそれはずっとある願望で、でも住むというのはなかなかに難しい。舞台に関わる仕事を長くしてきて、幸いなことに様々な場所に公演ツアーに行き、仕事の合間には公演では行けないような所をバックパック担いで回ったりもしたので、人様に自慢できるくらい多くの場所を訪れてますが、でも、それは住むとは違う。https://www.instagram.com/kinsei_rd/
今回の伊勢滞在も住んだというのはおこがましいのですが、「workcation」なので、公演のためにスタジオや劇場に通うのでもなく、観光地を見て廻ることも義務ではないので、どう過ごそうかというのは考えました。そこで今回の滞在の指針が決まったのには、宿舎が強く影響しています。

僕は自分で舞台作品を作ることもあるのですが(ディレクターという役割です)、主な仕事は舞台照明家/デザイナーです。舞台照明の仕事は大きく分けると、どういう機材を何処にセットアップするかというプランニングと、それらの機材をどう点灯させたり動かすか(最近の舞台照明機材はロボットのようなものです)決めていく、プログラミングの作業に分かれます。僕はたいてい両方とも自分でこなしますが、どちらの作業も最近はコンピューターでやるんですよね。なので、基本的にはラップトップPCがあればいい。もちろん最終的には、稽古して、公演場所で実際に機材を仕込んで動かして、リハーサルして、本番に望むんですが、デザインの部分はあまり場所を選ばない。だからこそ、この伊勢ワーケーションに応募しようと思い立ったわけですが、幸運にも宿がたらちねに決まって、寝室機能の部屋とは別にいくつかの部屋が使えることになった。
参加が決まった頃は、次の現場の図面でも描きながら過ごそうかと思ってました。仕事柄、わりと自由に予定が組めるので、まあ、漠然とですが、できるだけ長く海の近くに滞在するのが面白そうだと考えてました。でも、宿の紹介が載ったwebページにこじんまりとした洋室の写真が載っていて、それを見て、そこをスタジオにして新しい照明制御卓の使い方を覚えることに決めました。

LED照明の登場と機材のデジタル化によって、舞台照明の制御は複雑化しています。実は照明だけではなく、音響も舞台装置も、呼び方こそ大道具や音響スピーカー、照明灯体と昔から変わりませんが、中身は大きく様変わりしている部分があります。もちろん今もアナログの機材は現役で、何をどう使うかはデザイナーの好きずきだし、それがその人のスタイルになるんですが、新しい機材はこれまでなかった可能性を拓いてくれます。ただ、新しい制御システムはものすごく便利になっている反面、直感だけでは使いこなせないくらい複雑にもなっています。
伊勢の宿に灯体や制御卓などの実機を持ち込んで、一室をスタジオ化、朝から晩まで2週間集中して新しいシステムの使い方を覚える。
正直言って伊勢である必要はない、でもワーケーションだからこそ許される要望がかなって、僕は伊勢に滞在してきました。

たらちね 居間と洋室


持ち込んだシステムの一部


2週間、そんなに大きな出来事はなかったです。
毎朝8時前後に起きて、暖房をつけて朝ごはん。たいていは、前夜に作った味噌汁とタイマーかけて炊きたての御飯、納豆、前夜の残り物。Youtubeでシステム制御のチュートリアルやTipsを見つつ(英語の教材ならいろいろ見つかります、日本語もそれなりに)、持ち込んだ直火用のエスプレッソメーカーで淹れたコーヒー飲んで、システムの電源を入れる。解説見つつ実機を動かして、自分なりにアレンジしてみる。お昼はご飯かパンと無印のレトルト食品。
滞在中、最もお世話になった店は近くにあったスーパー「ぎゅうとら」です。そして、宿のオーナーに教えてもらった、吹上交差点近くの「魚屋くにちゃん」。コンビニには殆ど行かなかったですね。ぎゅうとらのお惣菜は美味しくて、それ以外にも味噌や醤油(溜り)も良いものが買えて、品揃えに売り手の矜持を感じました(個人的な感想です)。でも、お刺身に関しては、くにちゃんのものが格別で、僕は海から離れた土地の生まれなので、今まで特別な食事以外はそんな違いを感じたことはなかったのですが、毎日普通に買えるお刺身が頭抜けて美味しかったです。夕方だと売り切れてることがあったので、くにちゃんに行くためだけに15時頃に一旦作業を休んで自転車に飛び乗っていました。
あと、「麦」というパン屋さんのカンパーニュも味わい深かったです。オリーブオイルを垂らして噛めば噛むほど薫りが広がって、他に何もなくても十分でした。
それで、夕方になると先ずぎゅうとらに行き、それから自転車で10分くらいの「みたすの湯」へ。スーパー銭湯ですが、老若男女、家族連れから学生までたくさん詰めかけていて、それでもゆとりがある大きな施設です。ここへの入湯はワーケーション参加者への優待があるのですが、提示するカードは2020年度のものでした。本来1年以内の事業完了の予定だったんですね。それでも一度も訝しがられることなく入場できたことに、事業との連携の良さが伺われます。まあこれまでに100名近いクリエータが入浴に来た結果かもしれませんが、いつも快く迎えてもらえて、こういうところ大事なんです。
そして宿に戻って、その日のお刺身と惣菜で晩ごはん。伊勢角屋のクラフトビールを呑んだりしつつSNSなんかを見て後片付けをして就寝。
その他、ときどき洗濯して、乾燥のためにコインランドリーに行き、最高に晴れた日には、二見浦まで自転車で行きました。

たらちね 居間


河崎の路地


なので、申し訳ないくらい観光らしきことはしていないです。
でも、こんなに集中して何かを学んだのは久しぶりでした。滞在制作というのは、僕の仕事の中ではそんなに稀なことではなく、これまでも毎年一度か二度は色んな土地に行き、たいてい三週間くらいの滞在はしてきましたが、でも今回のようにずっと何かを学んでいるというのは学生の時以来でした。
考えてみれば凄いことです、小・中・高・大学とほとんど衣食住の心配なしに、毎日何かを学んでいてそれでよかったんですから。
まあ、学生の時より今回のほうが、ずっと真面目に取り組んでましたけれど。

結局2週間で遠出をしたのは前述のように自転車で二見浦に行ったぐらいで、その帰り道に二軒茶屋餅角屋本店で麦酒買って、ついでにダイソーに寄ったりして、あくまでも伊勢は日常としっかり地続きながらも旅先で、とても満足の日々でした。
PCがあれば何処でだって仕事は出来るし、今回のようなR&D(リサーチ アンド デベロップメント=研究)も可能ですが、でも集中力や学習態度を維持するのには、こういう合宿みたいな生活環境の変化が大いに効果を発揮するんですね。ホテルに缶詰にされて原稿書いてる気分でしょうか・・・経験無いですが。

二見浦


大袈裟に聞こえるでしょうけれど、人生でこういう期間を持てたことに感謝です。COVID-19のパンデミックも、思いも寄らない経験でしたが・・・
個人的な感覚としては、通常はアートセンターや劇場、大学の施設みたいなところに招いてもらって滞在するんですが、今回は施設じゃなく伊勢に招かれた体験でした。多謝。

たらちね ベットルーム


たらちね 土間 返送機材

藤本隆行(Fujimoto Takayuki)/Kinsei R&D 
ディレクター/照明家/アーティスト
https://kinsei.asia
https://vimeo.com/kinsei

【滞在期間】2023年2月14日〜2月27日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)