見出し画像

コロナが加速するオンライン教育,再注目されるEdTech,そして、解くべき課題。

新型コロナウイルスによって教育の現場は様変わりしています。多くの学校で入学式が中止になり、授業をオンラインで実施せざるを得ない異常事態が世界的な規模で起こっています。このような事態に直面し、大人は元より子どもの視点でも、大きなパラダイムシフトの渦中にいることを身を持って感じているのではないでしょうか。

この記事では、特に教育のオンライン化に焦点を合わせ、教育現場へヒアリングした内容を盛り込みながら教育テック(EdTech)の現状を概観してみたいと思います。

▼要約
・新型コロナウイルス感染症の流行は学校教育、塾、大学などすべての学習機会がオンライン化するきっかけとなった。
・オンライン教育が注目されたことで、真価を問われる従来型教育機関と、再評価を受けるEdTechという潮流が生まれた。
オンラインとオフラインが互いに補い合う教育ソリューションがWith/Afterコロナの世界でも生き残ると予想できる。

***

コロナ禍が加速するオンライン教育

まず国内の状況ですが、パンデミックという未曾有の危機を受けて、政府はオンライン教育を加速させる方針を出しました。Withコロナ / Afterコロナにおける新しい教育のあり方の模索が始まりつつあります。

一方で記事内では、昨年3月に全国の小中高校を対象に実施した調査では「遠隔教育を実施する意向はない」との回答が73%を占めたとあります。今回のコロナ禍を受けて、昨年時点では後ろ向きだった教育機関が、今後どれだけ政府と歩調を合わせた改革に踏み切れるかが今後の焦点でしょう。

学校のオンライン化については、オンライン教育企業 Manabie (マナビー)による「学校のオンライン移行ガイドブック」が非常に充実した内容を提供しており、オンライン化を模索中の教育機関にはとても参考になります。

学習塾の場合

ここで、今回独自にヒアリングした複数の教育機関の状況とオンライン化への取り組みを紹介します。

まず、小中高生対象の個人経営の学習塾いくつかに話を伺いました。コロナによる外出自粛が始まってから、オンラインでのビデオ通話による指導に切り替える旨を父兄に打診したところ、塾によっては通話によるオンライン指導を一人も望まないケースもありました。

そういった塾の場合、地域密着型で徒歩圏内で通塾できるという事情もあるかもしれませんが、8割近くの生徒が今までと変わらず通塾での指導を望んだそうです。残りはメールによる添削と休塾の申し出が少しずつという実態になっていることがわかりました。

この状況から、教育のオンライン化には家庭の理解が最も必要な要素になりそうだと感じます。もちろん、理解を得るためにはオンラインでも以前と変わらないクオリティの教育を提供できる、あるいは教室での指導以上に効果的な指導を行える、ということを示す必要があります。

オンラインでの効果的な指導には、オンラインのコミュニケーションツールや、教育支援サービスをこれまで以上に柔軟な発想で組み合わせていくことが重要になるでしょう。

さらに以下の記事によると、オンライン教育では子どもたちのモチベーションの維持にきめ細やかな配慮が必要とのことです。

同時に、教室での授業を代替することを目指すのではなく、オンラインでしかできないことにフォーカスすることの重要性にも触れています。そうすることで、このオンライン教育熱が一過性のものではなく、学校教育のパラダイムシフトになると述べられています。

プログラミング教室の場合

次に、プログラミング教育に特化した教室何件かに話を伺いました。こちらもやはりコロナ以降、Zoomなどのオンライン通話アプリを使った遠隔授業を父兄に打診し、大体半分程度の生徒さんが継続的に参加してくれているという状況のようです。

ある教室では、普段はロボットのプログラミングをカリキュラムに組み込んでいましたが、遠隔の場合、ハードウェアが各家庭にないケースが多いため、すべてスクラッチ(*)での指導に切り替えたそうです。

(*) スクラッチとは、子ども向けのビジュアルプログラミング言語。ディスプレイに表示されるキャラクターやオブジェクトに対して、ブロックを組み合わせて命令を記述する。

プログラミング指導の場合、どんなコードを書いたか確認するために生徒さんに画面共有で説明をお願いすることもあるそうです。成果物をクラスの前で発表するような形で場を用意することで、子どもたちにも大きなやりがいを感じてもらうことができ、聞いている側の生徒にとっても学びになる、良い企画だったとのことでした。

ただ、たまに子ども側の接続環境が意図しないものだったりもして、例えば通話アプリをスマートフォンで、スクラッチをPCで操作している、などの場合はスムーズにスクラッチの画面共有をしてもらうことが難しいケースもあったとのことです。

オンライン化の課題

学習塾にしてもプログラミング教室にしても、共通して挙がった意見はおおむね次のようなものでした。

▼生徒側の課題
・親と子のITリテラシーが低いと接続環境の設定だけで多大な時間を要する。
・そもそもPCがないからオンライン授業を受けられない。スマホからプリンタへの出力方法に手間取る。
・自分の部屋がない。生活音で集中できない

▼講師側の課題
・教室の授業では、生徒の表情や仕草から理解度や進捗状況を推察しているが、オンラインではそういう雰囲気がまったくつかめない
・生徒の所作から指導をきめ細かく、臨機応変にカスタマイズしていくというスタイルの授業がオンラインだと非常に難しい
・生徒が今、教材のどの部分を読んでいるのかわからず進度がつかめない。教室だと開いているページをチラ見して把握できるがそれができない。

▼双方の課題
・インターネットの接続速度や安定性などの通信環境
・通話や教材用に使うツールの習熟度。使い慣れないともたついて時間をムダに費やすことがある。
・指で「ここだよ」「あそこだよ」と指し示すことができない不便さ。

以上のように、ヒアリングを通してオンライン授業の大小様々な課題が浮かび上がってきました。ただ個人的には、これらの課題を一つひとつ潰していくというよりは、オンラインだからこそ可能になる要素に注目した指導スタイルが確立されていくと、今後が面白くなりそうだと感じています。

また、ヒアリングでは挙がらなかったケースですが、忘れてはいけない側面がもう一つあります。それは、授業のオンライン化に伴う、聴覚や視覚など身体に障害を抱える生徒への学習支援です。

一般に向けてネットで配信されている教材を利用することも考えましたが、字幕や手話通訳がないため内容が分からず諦めました。

オンライン化によって生じるこうした支援ニーズに応えることも、今後の課題として認識しておく必要があります。

家庭の経済状況も意思決定に影響

ところで、家庭の経済状況もコロナによって当然のように悪化しており、そのことが教育サービスの選び方に影響を与えているようです。オンライン教育に移行するなら、利用しない施設の分の授業料の返還を求める、といった動きなどが出ています。

またアメリカでは、大学入学予定の高校生のうち2割が、経済的理由により4年制大学に進学しない可能性があるとの調査結果が示されています。

While 4 out of 5 still currently plan to enroll, that number is likely to decrease as the financial fallout continues to affect more families in the U.S.

Higher Ed and COVID-19
National Student Survey by SimpsonScarborough

もともとアメリカでは大学卒業後の学生ローンが大きな社会問題になっています。こうしたことからも、Afterコロナの世界では教育機関はその真価がより厳しく問われることになり、特に大学においてはその傾向が顕著でしょう。

学生ローン債務を抱えているもしくは以前抱えていたミレニアル世代の40%以上は、大学にはその価値はなかったと考えている

ちなみに早稲田大学は、新型コロナウイルスの影響による学費の減額は行わないとの声明を5月5日に発表しています。

オンライン型で低コストな大学の盛り上がり

このような状況の中、以前から存在した学費の安いオンライン型の大学が再注目されると予想できます。例えば、この分野の老舗とも言えるUniversity of the Peopleは、2009年設立の受講無料のオンライン大学です。試験を受けるためには料金が発生しますが、1年あたり約1000ドルの低コストでコンピュータサイエンスの学位やMBAを取得することができます。

さらに、コンピュータサイエンスの名門である米ジョージア工科大学も2014年からオンラインの修士課程を提供しており、学費は学位取得までの総額で$7,000のみ。日本円にして100万円以下で世界トップランクの修士が取れるというのは非常に魅力的です。

オンラインでは学位の種類は限られていますが、大学に求めるものが知識の習得と学位だという人には最適な選択肢の一つとなるでしょう。一方、大学で得られるアカデミックな環境や研究施設へのアクセス、一生モノの学友との出会いなど、物理的な接点を持つからこそ生まれるものは現状では限られたものにならざるを得ません。

そんな中、最近では学友とのコネクション形成とキャリアアップに焦点を当てた完全無料のオンラインMBAスクール、QUANTICというサービスも登場しています。

今後もオンラインならではの強み一点突破の差別化要素を持った教育サービスが台頭してくることでしょう。

EdTechへの再注目

コロナによる世界的な外出自粛を受けて、大学のみならずオンライン教育 / EdTech業界全体に対する投資熱が高まっています。これまで、ベンチャーキャピタルにとってEdTechはスケールしづらく儲からないというのが一般的な認識だったようですが、コロナ以降は世界のVCが注目する分野となっています。

米国の教育市場は約172兆円で、そのうちテクノロジーへの投資額はほんの5%程度でしたが、その割合が今後は増していきそうです。

また、EdTechへの投資が盛んな中国においては、eラーニング企業がコロナ禍を勝機と捉え積極的にマーケティングへの資金投下を行っています。中国では我が子への教育熱が非常に高く、世界のEdTech関連ユニコーン企業6社のうち5社を中国企業が占めているほどです。(2018年3月時点)

世界に6社あるEdTech関連ユニコーン企業のうち、5社が中国企業

平成29年度商取引適正化・製品安全に係る事業
(EdTechや民間教育サービス産業創出に向けた基礎調査)

EdTech業界はこれまでソリューションの進歩に対して、それを受け入れる教育機関や家庭のITリテラシー、そしてネットワークへのアクセシビリティの観点から浸透が進まなかったように思います。それが、今回のコロナ禍に加え、日本では今年から段階的に始まった5Gサービスの整備も相まって、利用者側の環境が急速に改善してきている印象があります。

それに伴い、今後のオンライン教育はモバイルファーストの設計が前提になると予想され、若年層のインターネット利用実態に合わせたUXデザインがますます重要になります。

内閣府のネット利用環境調査では、高校生のインターネット利用機器のうちPCは28%、スマホは97%だった。

さて、以上のようにオンライン教育はコロナの渦中において世界の関心事ですが、そもそもインターネットの普及が低迷している地域も存在します。

アフリカにおいてはインターネット普及率が39.3%に留まるとのデータがあり、アフリカ以外の世界全体の普及率62.9%に比べると低い水準に留まっています。

アフリカでは元々、有線よりモバイルによるインターネットアクセスの方が一般的だそうなので、普及率全般に課題は残るものの、モバイルファーストの設計がオンライン教育の要になることは日本と変わりないでしょう。

After / With コロナの時代に必要とされるEdTechとは

世界最高のベンチャーキャピタルの一つであるセコイア・キャピタルが出資するインドのEdTech企業、BYJU'Sでは3月に利用の無償化を発表した後、新規のユーザー数が150%増加するという成長を見せています。

セコイアのベンチャーキャピタリストによると、オンライン教育へのこうした急激なシフトによって、生徒の受講態度を映像から分析するサービスへのニーズが高まっているとのことです。これは、前述のヒアリングのパートでも触れたとおり、オンラインでは教室に比べて、生徒の学習態度をきめ細かく把握しにくいというペインがあるためです。

また、オンラインでの教材の提供や、教師と学生のコミュニケーションを円滑化するクラスマネジメントプラットフォームへのニーズも高まっており、例えばGoogle ClassやTop Hatといったサービスに注目が集まっています。これらのサービスを通して、煩雑になりがちな宿題/課題の管理や個別の進度の把握を効率化することができます。

まとめ

以上のように、コロナによりオンラインへの変革を余儀なくされる教育業界ですが、オンラインだからこそ、デジタルだからこそのベネフィットを提供するサービスがコロナ後の世界でも生き残ると考えられます。これまでに挙がった、生徒一人ひとりに合わせた進捗管理映像解析による理解度/集中度測定などは本丸の一つでしょう。

加えて、物理的な教室で実施される昔ながらの授業との相性も重要になります。コロナによってにわかに真価を問われ始めた従来型の教育が、Afterコロナの世界で結局すべて元通りとならないためには、両者が共存しシナジーを生む必要があります。そうしたタイプのテクノロジーがAfterコロナにおける教育のニューノーマルに繋がっていくと考えられます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?