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気候変動をどう伝えるか ~ホッキョクグマと認知バイアス~Vol. 2

前回は気候変動を伝える時には、科学的な事実だけでなく相手の価値観にあったメッセージにしていくことの重要性を書きました。

今日は今までの気候変動運動がどのようなコミュニケーションを行なってきたのか、実際どんな可能性を秘めているかということをテーマに書いていきたいと思います。

特にホッキョクグマに頼ったことがなぜ失敗してきたかについても書きたいと思います。

認知バイアスとフレーミングについて

"Don't Even Think About It (私たちの脳はなぜ気候変動を無視してしまうのか)"の著者であるGeorge Marshallが言及している「認知バイアス(Cognitive Biases)」という概念があります。この本によると、ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のダニエル・カーネマンらの研究から、私たちは脳の中で組み立てられた直感的な神経回路を元にいろいろな決断をしているとあります。その神経回路のショートカットは、私たちの今までの経験をもとに、新しい問題が来た際に当てはめることを可能にしています。

認知バイアスによると、人々は「得よりも損失を強く嫌がり、長期的な負担よりも短期的な負担により敏感になり、不確実性よりも確実性を重要視する」(Marshall 57)傾向にあります。

ではこれを気候変動問題の状況に当てはめるとどうでしょうか。

気候変動の影響によって、長期的な損失を防いで得をすることよりも、短期的に今生活レベルを落とすことに対してとても強い抵抗が働いている印象を強く受けます。こうした事がビジネスや政治などでも気候変動対策が進まない要因として考えられます。

そして、Vol.1でも書きましたが私たちは気候変動など様々な問題について判断をする際に、自分自身が所属する社会的集団、価値観などに大きく影響を受けて決断をしています。認知科学的な研究によると、科学的なデータなどを理解・解釈する際に、「私たちは自分の世界観に照らし合わせて解釈し、検証します。」 (Hoffman 4)。

私たちは集団の価値観に影響され、一般的には社会集団の中で他者とのつながりを最も直接的に強化する立場を支持します。このプロセスでは、必ずしも科学的な結論を否定するわけではなく、友人や同僚、信頼できる情報源、尊敬するリーダーがこれらの問題をどのように評価しているか・フレームしているかによって、その重み付けや評価が異なるのです。(Hoffman 4)

ここで述べられている「フレーミング」についてより詳しく説明したいと思います。Frameは日本語では「枠・フレームワーク」といった形でよく理解されていると思います。この場合には、「その問題をどのように表現し、捉えているか」、どんな枠に当てはめているかという意味になります。

具体的には、気候変動問題は様々な捉え方が可能です。例えば

「日本にとって前例を見ない経済損失のリスク」

「あなたの子供の命が危険に晒されている」

「現代文明の転換点」

などと、どれも気候危機についての説明ですが、切り口次第で全く異なる問題・トピックに聞こえてきます。そして1つ目はおそらく企業経営者・政治家などに響きやすく、2つ目は子供がいる親、3つ目はアカデミアなどの方に響そうかなと思います。このように、気候危機をどのような問題として捉える(フレームする)か次第で、メッセージが効果的に伝わるか否かは大きく左右されます。

Vol.1で書いた「不都合な真実」の例では、アル・ゴアを政敵と見なしている共和党支持者からすると、「気候変動=アルゴアのいっている事」というフレーミングがなされてしまい、受け入れる事が出来ないという事態に繋がってしまいました。

いかに私たちがメッセージを届けたい相手・オーディエンスに対して、響きやすいようなフレーミングを作る事ができるのか。どのようなフレーミングを作る事が日本では効果的なのか。正解のない問いです。

気候変動=ホッキョクグマというフレーミング。

それでは上で説明した、認知バイアス・フレーミングをベースに、ホッキョクグマというフレーミングがどのような影響を与えうるのかを考えたいと思います。

僕は高校時代に気候変動の科学を学んでいる際に深刻さに気づきましたが、それまで地球温暖化、気候変動と言われてパッと思いつくイメージは「氷が溶けて絶滅の危機に晒されているホッキョクグマ」でした。

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こんなイメージと一緒に、「ホッキョクグマを守るために、地球温暖化を止めよう」というメッセージを教科書などでよく見たことを覚えています。僕自身としてはホッキョクグマを守ることに関しては大賛成です。私たち人間の環境破壊により、今のままでは失われてしまう生命を、生物多様性を守ることは必要です。

しかし、ホッキョクグマは実際のところどれほど私たちの生活に影響を及ぼしているでしょうか。自分の記憶を頼ってみても、上野動物園で子供の頃に見た記憶がかすかにあるかないか。それ以外の生活の中ではホッキョクグマについては忘れ去っていました。環境保護のメッセージを見る時以外には。

前述のGeorge Marshallは「ホッキョクグマは一気に気候変動のシンボルになった。」(Marshall 137)と語っています。しかし「ホッキョクグマの最も大きな問題は、認知バイアスに対して全く効果的な影響を与えないことだ。人々に自分ごととして問題を捉えてもらえずに苦しんでいる問題(気候変動)は、キャンペーンのアイコンとして人々の生活から最もかけ離れたところにいる動物を選んだ。」(Marshall 137)

とてもギクッとします。

僕たち自身、気候変動運動に関わる中で、どうしたらより多くの日本の若者に気候変動を自分ごととして捉えてもらう事が出来るかに頭を悩ませています。にも関わらず、気候マーチやアクションの際には、ホッキョクグマの被り物をしている。日本に住む私たちから「最も遠く」にいる、私たちの「生活との明確な関係性が見えない」生き物をいまだに運動の中心のイメージに置き、今までの失敗を繰り返していると言っても過言ではありません。

「気候変動は私たちの未来を奪う」「すでに多くの人々の命が失われている」というメッセージを伝えていたとしても、結果として気候変動という問題を「遠く」「誰か・動物」の問題だとフレームしてしまっている。さらにこういった主張は、「生き物・自然が可哀想だから人間が守ってあげなければならない」というような考え方にも繋がります。生物多様性の問題も気候変動も、結局は人間自身の命、私たち自身を危険に晒しているのに、そこから目をそらすきっかけを作ってしまいます。(人間が自然よりも優位にあり、「守る側」であるという認識がかなり問題があると個人的に思う点についてはまたどこかで書きたいと思います。)

それではどんなフレーミングの可能性があるのか?

本を読んでいて、新しく発見したフレーミングを紹介したいと思います。

キリスト教の人々に向けたメッセージ(クリスチャンではない僕が知っている限りの知識を元に書いていますが、内容や解釈などは完全ではないことをご容赦ください。)

Sermon on Climate Change (「気候変動についての説教」)のなかでSally Binglhamは「私はクリスチャンだから環境運動に身を捧げるのです。」と言っています。

旧約聖書の創世記(2:15)の解釈として"Humans are commanded to care for God’s creation."(人間は神の創造物を大切に守るように命令された。)とあります。(USCCB)

これを受けてBinghamは人間は神の創作物である自然を守り、ケアする義務がある。それにも関わらず自然を破壊するという行為や、気候変動の促進は神の創作物の破壊につながる。ということを話しています。

気候変動の促進=「神の創作物の破壊」

気候変動対策=「神の創造物を守る行為」

というフレーミングも可能になるということを明らかにしています。

先日、Peaceful Climate Strikeのインスタライブで、モデルの小野りりあんさんとギャル代表のともちんぱさんと「スピリチュアルと科学」の話をしていました。そこでともちんぱさんが気候変動について言ってた言葉に衝撃を受けました。

「 🌍🌍🌍🌍 地球のバイブス上げてこ 🌍🌍🌍🌍 」

そうか!!これもれっきとした気候変動のフレーミングだ!とハッとさせられました。結局は誰をターゲットにして、その人が分かりやすいようなメッセージをどう作るか。ギャルにはバイブスを上げる必要があるんだと学ぶきっかけになりました。

気候変動という問題も、全く違う角度や違う立場の人の視点から見ると全然違うメッセージングを作り出すことができるのです。

環境問題に取り組むからと言って、今までの環境運動が作ってきたフレーミングに囚われる必要はないのです。それどころか、私たちの想像力次第で、今まで届くことができなかった人たちに響くメッセージを作るポテンシャルがまだまだ沢山残っているということを象徴しています。

僕たちはまだまだ想像力を解放できるはずです。

過去の誰かが作ったメッセージに左右されるんじゃなくて、自分だからあなただから作れるメッセージは何なのか、一緒に考えていきましょう。


読んでくれてありがとうございます。また書きます。


<参考になるTEDトーク>

"The most important thing you can do to fight climate change: talk about it"

あなたが最も価値観を共有している相手に対して響くメッセージを考えて、気候変動の話をする重要性を話しているTEDです。すごく勉強になります。

<引用・参考文献>

Andrew J. Hoffman, How Culture Shapes Climate Change Debate

George Marshall, Don't Even Think About It

Sally Bingham, "John 5:1-9" (The Global Warming Reader, Bill McKibbenより)


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