2.河童

 6時間目の眠ーい社会の授業が終わった。明日の連絡事項のホームルームも、掃除当番の床モップも、いつ終わったのか覚えていないくらい、スッゴく眠くて。

 はい、昨夜、遅くまでパソコン見てました。どうしても調べたいことがあって、母さんたちに「おやすみ〜」を言った後、自分の部屋で、パソコンの上に寝落ちるまで、起きていました。モチロン、学校の宿題とかではありません。

 なので、

「持ってけ」

 って突然目の前に、黒光りした太ったナスビと曲がりくねったキュウリが山盛りになったカゴを突き出されて、思わず目が覚めてしまった。カゴをつかんでいるのは、シワシワの深緑色の細い手。

 ボンヤリと山盛りナスを眺めて、ボクはギクッと、今度こそ目を見開いて顔を上げた。

 いつのまにか校門を出て、信号を渡って、家への坂道を登って、今はもうやっていない交差点の角のタバコ屋の前に来ていたみたい。父さんによると、昔は自動販売機じゃなくて、タバコ屋のばあちゃんがネコと一緒にガラス戸の向こうに座っていて、お客の欲しいタバコをいちいち手で売っていたらしい。で、必ず、「百害あって一利なし」ってコッワイ顔して脅していたとか。

 顔をあげたボクの目の前にあったのは、数年前に亡くなったタバコ屋のばあちゃんの顔ではなかった。縦になった黄緑色のネコの目と、スズメのヒナみたいな深緑色の平べったいクチバシと、その隙間に突っ込まれたポリポリと音を立ててなくなっていくキュウリ。そのキュウリを持つ手はシワシワで痩せっぽちの深緑色で。指の間に水かきがあって、猫背だけどボクよりも背が高いから上から見たことはないけど、多分、頭の上にはお皿があって。
 絵本の中ではカメの甲羅を背負ってるけど、今ボクの前に立っているコイツの背中には甲羅なんてない。「なんでないの?」 って前に聞いたら、「そんな重いもん、四六時中担いでられるか!」と怒鳴られた。取り外しができるシステムらしい。
 ボクがもっと小さい頃、タバコ屋のばあちゃんはボクが幼稚園や、友だちとの遊びの帰りに通りかかるたびに、
「持って帰りな」って、ばあちゃんが育てたらしい野菜とか、もらい物の果物とか、子供があんまり喜ばなさそうな固くて乾いたお菓子とかいっぱい入ったまあるいカゴを押しつけられていた。近所の子供はボクだけではなかったのに、なぜかボクだけがいつもばあちゃんからもらっていた。
 父さんや母さんに「なんで?」って聞いたことがあったけど、2人ともボクが可愛いからだよなんて、いくら子供のボクでも疑るような誤魔化し笑いをしたけど。

 昔ながらの習慣で、差し出されたまあるいカゴを受け取って顔を上げると、アイツはもういなくなっていた。いつものことだけど。
 自動販売機の並ぶタバコ屋のばあちゃんが亡くなってすぐの夏に、アイツは現れた。夏休みの水泳教室の帰り、タバコ販売機の前を通り過ぎようとしたボクの目の前に、太ったナスと曲がったキュウリいっぱいのまあるいカゴを差し出して。ばあちゃんに渡すように頼まれたって。
 タバコ屋のばあちゃんは、ボクのばあちゃんではないけど、ちっちゃい頃から可愛がってくれたし、いろんなことを教えてくれたから。ホントに。いろんなことを、教えてもらったから。
 キュウリで作る馬もばあちゃんが教えてくれたし。だから、今年も作るよ、ばあちゃん。山形新幹線つばさE8系!ひん曲がってるけどがんばる!帰りの太ったナスは、
カピバラにするね。



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