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イギリスのNHSとは#2

前回はイギリスの医療制度のプライマリーケアであるGPのシステムについて患者の立場から考えたトピックを立てました。今回は医師の立場からNHSとはどのような医療制度なのかという点からお話します。

医師の立場から

日本では専門医制度が確立されつつありますが、イギリスではすでに統制されていています。私はイギリスで医師として勤務したことはないのですが、医学部生としての研修中、そして就職活動中、大学の同級生からの話などからこの記事を書いています。医師として勤務する際にこんなふうに違う、という視点から考えていきます。

就職先を決める

イギリスで医師として就職する感覚は、日本の”公務員”に近いと思います。イギリスにおいては医学生の数も、医師の数も国によって統制されています。どの地域に何科のどのグレードの医師が何人必要か、人口等から決められていて、その必要な分の仕事の数だけあります。

ここでイギリスの専門医制度や給与について軽く触れておきます。

卒後2年間は House Officer(HO), F1, F2などと呼ばれ、日本の初期研修医にあたる研修を受けます。内科、外科、救急、小児科、婦人科などをローテーションします。給与は£32,398 から £37,303(2023年4月)で、円安の今かなり高給与なイメージになるかと思います。お給料の差は地域差による物価や家賃の違いによるもので、勤務条件の差ではありません。研修医の有給休暇は年に27日あります。土日は休日で祝日は日本よりかなり少なく1年で8日です。有給休暇は基本全て消化しなくてはならず、そのうち20日分は2週間のセットを2回で消化する必要があります。2週間の休暇はチーム内で重複しないように、病院の秘書さんが年度のはじめに割り振ってくれています。当直に関しては、1週間の連続当直で日勤は免除されます。この条件は基本どの地域のどの病院にいても同じです。日勤の時間は病院によって多少異なりますが、8時まえから17時半までというのが一般的です。

その後専門科を決めます。日本でいう後期研修医にあたります。専門によって研修期間が異なりますが、一番短いGPコースで3年です。3年間はGPや病院の救急外来、病院の内科病棟や小児科病棟などで研修を行います。外科系に進む場合は、まずは一般を2年、その後専門で6年程度必要です。なので外科系で専門医を取る場合は最短でも卒後10年が必要な計算になります。給与は専門によって異なり、HOの2から2.5倍程度になります。勤務条件はHOとあまり変わらず、残業ばかりということにはならない体制が整っています。(というか仕事が残っていても残り番と当直医に残してみんな定時に帰るカルチャーがあります。)

そして晴れて試験に合格すると専門医になります。病院に残る専門医の場合はConsultantと呼ばれるようになります。研修を終えてもConsultantになれない医師もいて、それらはStaffと呼ばれConsultantと比較すると給与はやや下がりますが、勤務条件はややフレキシブルに交渉できるようになります。交渉次第では当直免除のポジションにありつけるかもしれません。ただし、Consultantの職についた場合は給与は£99,532 から £131,964(2023年4月)で、地域や専門で若干の差はありますが、勤務条件としては初期研修医と大きく変わらず、当直も必ず入ります。(当直はConsultant+後期研修医+初期研修医の体制で行いますので、日本の大学病院のイメージです。一人当直をしている病院は絶対にありません。)

さて、冒頭でイギリスでは医師の配置やその数が決まっているということに触れました。節目の年になると、基本的には一斉にポジションの応募が始まります。そう、日本の医師の”マッチング”のイメージです。初期研修医の段階では、給与や待遇や研修の中身の差などもあり、行きたい病院に”マッチしない”という現象も起こりえますが、これが後期研修になると”マッチしない”可能性は低くなります。イギリスではConsultantになるまでこのシステムは続き、第一希望にマッチしない可能性が非常に高いです。年齢が進むにつれて、自分自身の人生のことだけではなく、パートナーのこと、子供のこと、親のこと、家族のことなど考慮しなくてはならないことが増えた時、自分のキャリアにおいてやりたいこととプライベートにおいての優先順位を同時に叶えるのがかなり困難に感じることもあると思います。例えば私がイギリスの医学部を卒業した2010年はまだBrexitの前でしたので、マッチングの優先順位として①英国もしくはEU国籍保持者②その他の国籍保持者で英国医学部の卒業者③その他の国籍保持者で旧大英国医学部の卒業者(香港、インド、マレーシア等)という順番になります。私は②に入ったので、自分の行きたい地域の行きたい専門研修に入れる可能性はほぼ0に等しい状態でした。(それもあり卒業後日本に帰国しました)

今は、だいぶ状況が変わっています。Brexitがありコロナもありました。英国籍の同級生の中には、アメリカやオーストラリア、香港などに勤務地を移した人たちもいます。近年では英国籍保持者であっても卒後すぐに海外で就職する人が少なくないようです。実際、現在香港で働いている同級生の病院では、昨年イギリスの大学へ直接出向き10人程度ジュニアドクターのリクルートを行ったようです。(香港でもコロナ以来医師不足になっているようです)去年イギリスに戻った際に別の友人に会ったのですが、「今ならNHSでどこでも好きなところにほぼ確実に就職できるよ」と言われました。

日本でも医師の待遇は変わってきているとはいえ、十数年のうちにここまでガラッとかわっていることはありません。イギリスの方が国政が医療制度により直結しているのではないのでしょうか。


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