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悔しくないかい?

体力測定ゲームとかで実年齢より若い年が出ると素直に嬉しい。
それがもう加齢の証だとは思うけど、自分としては年を重ねる事をネガティブには思ってないので素直にはしゃぎますよ。

幼少期から評価主義で生きてきたので、他者からの評価には結構過敏になる。
特に仕事については、
考える→やってみる→振り返る→考える→・・・
が繰り返されるので、できることとできないことがはっきりと眼前に突きつけられるわけだ。

出来ないことが可視化されるのって本当に嫌で、「お前ダメだな」のレッテルを貼られてる気がしてとにかく悔しい。
決して手を抜いてるわけじゃない。役に立ちたいし褒められたいし怒られたくないからヘトヘトになりながら頑張ってるつもりなのに、
やっぱり「つもり」でしかないから、評価のタイミングで『あれが出来てない、これをもっとこうしないと、それ違うよ』の波状攻撃を食らう。
自棄酒とか自棄スイーツの果てに手に入れたこのわがままボディもなんか悔しい。

人間の原動力って色々あるけど、自分は割と怒りとか悔しさとか、ネガティブな感情が導火線に火をつけてる気がする。
さながらドラマ「フードファイト」の井原満。俺の胃袋は宇宙だ。
単にワクワクして観れたから結構好きだった。
絶対無理だけどもっかい観たいなあ。

話が逸れた。出来ないことの話。
めちゃくちゃ言われるのも悔しい。なんか変に慰められるのもめっちゃ悔しい。
ふざけんな。この私が役に立たないだと?
見てろよぎゃふんと言わせてやる。
そして始まる脳内作戦会議。いかに効率よく、いかに要求通りに、出来たら楽に、トライアンドエラー。
結果指導側から指摘を受けなくなったことに気付いた瞬間、ドーパミンはドッバドバですわ。
本当は褒められて伸びたいけど、多分こうやって死ぬまで悔しさを足台にして階段をえっちら登って行くんだろう。

「なかむらだから出来るんであって、自分には出来ない」という文言をたまーに言われる。
勿論自分にだって得意なことはあるけど、それ言われる時って大概プラスアルファの気遣いやテクニックじゃなくて、必要な事をやってるときのほうが多い印象。
勿論印象の話なので、自己肯定感が低いことと関係がないとは言わないよ。
でもさ、悔しくならない?多分だけどそのムーブあなたも求められてるよ?
って思いながら、「えへへー」とふざける。そんなに優しくないんですよ自分って。
しんどいけど、悔しいから始まる成長もあるよ、という話。

ちなみにだけど、これ悔しさを引き出すためにわざと冷たくするとか嫌味言うとかは全然違うからね。
他人のこと腐しておいて、「お前のために言ってやったんだ」とか言う勘違い甚だしい人が居るけど、それはてめぇの負の感情をぶん投げてるだけだから、悔しさ引き出すどころかてめぇへの不快感しか残らないからなんの効果もないからね。
長年おんなじイビリやってる人はそれに気付けない、成長のない人だからシカトだシカト。

…今脳内に特定の人が浮かんだ人は応援してる。ただし自分が特定の人として誰かの脳内に浮かべられてる可能性を考え出したら夜も眠れないよね。

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