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美大生から版画を買った理由

人生ではじめて芸術作品を買いました。見出し画像に掲げた、京都市立芸術大学4回生・野波らるさんの『Fall meeting』です。

先週末からリビングに鎮座しているこの作品は、「私にとって大切なこと」ふたつを象徴する存在です。


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やたらリアルな内臓を描く人がいました。一昨年の秋、BORDER! というアートイベントで、内臓をモチーフにした麻布缶バッジにピンときて、200円で「肺」を買ったのが、ご縁のはじまりです。


2019年の秋は、表現系大学のWebをつくる仕事が佳境に入りつつあった頃です。芸大・美大と全く接点なく生きてきた私は、あわてて『ブルーピリオド』やらを読みあさって知識を蓄え、京都を中心に「美大生がつくる表現」を集中的に追いかけていました。

美大生たちが生み出す表現は、フレッシュで、多様でした。質の振れ幅も大きいけれど、時々、目を瞠るような作品に出会います。

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野波らる『Lung』 (2019)

銅版画の魅力は、線の細さと硬さです。私は細密で写実的な作品が好きなので、エッチングの使い手に出会えたのは幸運でした。この作品に使われている「ソフトグランドエッチング」という技法は、「物体のテクスチャを転写できる」という特徴があるそうで、引きずり込まれるようなディテールが印象的です。

BORDER!の翌月、彼女たち京芸版画3回生グループの展示会『INCLOSE PRINTER』がたまたまオフィスの近所であり、昼休みに顔を出しました。さらに2020年2月、2021年2月と続けて、京都市の西のはずれにある京芸のキャンパスまで足を伸ばして、制作展を見てきました(すっかり「推しを丁寧に追う人」になっている)。制作展では毎回、気になった作者の名前をメモして帰ります。


「美しいものを積極的に、意識的に追う」活動をしていると、足を運んだ数だけ、優れたつくり手を知ることができ、自分の感性も磨かれます。仕事上の理由で始まった活動が、いつしか趣味の柱になり、欠かせない人生の一部になりました。

でも、展示会場に「足を運ぶ」ことは、ちょっと億劫なものです。冬は寒いし、美大のキャンパスはだいたい遠い。

偶然の出会いから1年半を経て「野波さんの作品を買う」ことにした理由の一つは、ありがたい出会いをくれた1年半の記憶を、記録として、日常に置いておきたかったからです。億劫でも動けば動くだけ、きっと幸運な出会いがあるはず。


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ところで、実際に購入した作品を含む、一連の卒業制作『View from ____』は、3回生の時から作風がガラリと変わっています。卒展を見て「去年のと全然違う!」と思いました。技法だけで言えば、好みは「前」の方です。

だから、『Fall meeting』を買いました。

2020年の春以降、「制作環境が命」である多くの美大生がコロナ禍で大学に行けなくなり、モチベーションを挫かれて、苦労したと思います。野波さんも、この頃は制作意欲が大きく低下していたと話していました。

でも、野波さんはそこで立ち止まり続けなかった。先生に新しい制作技法を教わり、違うスタイルの作風を生み出しました。『ドライポイント』は、エッチング用の腐食液を使わず、銅板を直接ニードルで削ってインクを詰める方法。『モノタイプ』は、銅板に直接絵の具を置いて紙に転写する方法。「銅版画」というジャンルでも、アプローチの幅は広いのだなあと驚きます。

つくり方を変えることで、突破口を見出せた。変化をつくれば、また動き出せる。見事なジャンプだと思いました。


「過去に執着せず、変化し続けること」は、現職9年目に突入した私が、意識的に自分に課しているテーマです。慣れた仕事は、手癖でできてしまう。いつもの方法で、いつものパートナーと仕事をただ重ねるだけでは、どんどん退屈になり、生み出すものも腐ってくるでしょう。それが頭では分かっていても、なまじ成功体験があるから、「慣れたやり方」を捨てるのは本当に難しい。

3回生時点でひとつの世界観が樹立されていたのに、全く違うつくり方で生み出された、4回生の作品群。この差が、変化することの価値と、変化する勇気を思い出させてくれます。


『Fall meeting』は、展示室に入ってすぐ目に入り、強く印象に残った作品でした。

紅葉の散る、川縁のウッドデッキ。雑多に並んだ椅子。"meeting" という題の通り、この空間に「ひと」が集う姿が、一目みて鮮明にイメージできました。

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ニードルで引っ掻いて描かれた、硬質でにじみのある線と、転写された絵の具の色面。近くで見ると、絵筆のタッチや、ざらざらした紙の質感がよくわかります。至近距離で観察できるのは、購入者の特権。細部を見るたびに、発見があります。

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家に飾った作品は、毎日目に入ります。

「美しいものを積極的に、意識的に追うこと」
「過去に執着せず、変化し続けること」

この作品は、「自分にとって大切なこと」を毎日思い出すための、大切な相棒です。


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‣ まだ購入できる作品があります。値段表(一応仮)はこちら

#自分にとって大切なこと

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