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【連載小説】「好きが言えない 2」#21 気づき

「部長から誘ってくれるなんて嬉しいです。でも、今日はいるのかなぁ?」
「いなかったらまた別の日に来ればいいだけの話さ」
「そうですね」

 翌日の放課後。僕はさっそく春山クンを誘って川越駅にやってきた。個人的に春山クンを誘える材料が「サザンクロス」しかなかった。
 彼女に会って何か得られる保証はないし、ましてや麗華さんの歌を聴いて悟れるとも思えない。だが、監督命令と言われたからには何もしないわけにもいかなかった。

 サザンクロスの三人組を探す。前回は駅の東口を出たところにいたが、きょうは見当たらない。
「いませんね。きょうは来ないのかな?」
「なら、日を改めるしかないな。せっかく一緒に来てもらったのに悪かったね」
「いえ、気にしないでください。それより部長……。監督と何かあったんですか?」
 どきりとした。思わず見つめ返す。
「……誰かから聞いたのかい?」
「そうじゃないですけど、練習の鬼の部長が、きょうは練習もそこそこに『サザンクロス』に会いに行かないか、だなんて……。確かにあの歌には私も心を揺さぶられましたけど、それだけが理由じゃない気がして、何だか心配になってしまって……」
 春山クンは相変わらず察しがいい。もしかすると、この察しの良さと優しさが男たちを魅了するのではないか、と思い至る。

 確かに。こんなふうに身を案じられれば、彼女の優しさに報いようとする本郷君の気持ちも分かる気がする。人はそれを「愛」と表現するのだろうか。
「……君はなぜ野球を始めたんだい? 本郷クンがやっていたから?」
 僕はつぶやくように問いかけた。
「いえ、きっかけは父です。でも、そのうちに楽しくなってきて、気づけば今まで続けてきたって感じですね。もちろん、祐輔の存在は大きいですが」
「へぇ、君もお父さんから教わったんだね。僕もそうだった。……三年前に亡くなったけど」
「…………」
「甲子園に連れて行くのが僕の夢だった。なのに父は亡くなった。……そのときから僕はどう生きていけばいいか、分からなくなってしまったんだ」
「…………」
「すまない、こんな話をしてしまって。今のは、忘れてくれていい」

 自分でもなぜ彼女に父の話をしてしまったのか分からなかった。しかし彼女は顔をぶんぶん振った。
「部長がご自分のことを話してくれて、ちょっと嬉しくなりました。お父さんのこと、好きだったんだなって分かって親近感がわきましたし、甲子園に連れて行ってあげたいっていう気持ちも、ものすごく分かります」
「じゃあ君も、今は甲子園を目指して野球を?」
「いえ、今は……」
 彼女はちょっと恥ずかしそうにうつむいた。
「一年の時、一度辞めるまではそうでした。でも今は、恥ずかしい話ですけど祐輔と一緒に野球が出来ればそれでいいって気持ちなんです。野球を楽しもうって、そういう気持ちなんです。もちろん、日々の練習には全力で取り組んでいますが、甲子園は楽しんで野球をしたその先にあるものじゃないかって、今はそう思っています」
「野球を、楽しむ……」
「部長だって、お父さんと野球をしていた頃は楽しくて仕方がなかったんじゃありませんか? 勝ち負けは関係なくて、ただ打ったり捕ったり。そういうのが楽しかったからやっていたんじゃないですか? そういう気持ち、忘れちゃいけないなって、最近思うんです」

 はっきり言ったあとで、彼女は「あっ」と口を押さえた。
「すみません、甲子園を目指しているこんなときに私、よりによって部長に向かって失礼なことを……」
「いや……」
 もし監督からの話がなかったら、相手が春山クンだとはいえキツく当たっていただろう。けれども今はむしろ、彼女の意見を聞くことが出来て良かったとさえ思っている。
「……そうだな。初心に返るというのは大事なことかも知れない。僕は甲子園という目標しか頭になかったから、昨日はミスをしたショートの服部を責めてしまった。……僕がこんな気持ちではダメだといった監督や水沢の言葉が分かってきた気がする」
「部長……」
「……君にも謝らなくてはいけないな。本郷クンとのこと。別れるべきだ、などと説教してしまったが、本来僕にそんなことを言う資格はない。むしろ、モチベーションを上げられるならこれまで通りの振る舞いをしてもらってもかまわない」
「……ありがとうございます。でも、夏の大会が終わるまでは私も頑張りたいので、部長のいう通り、部活中は練習に集中します」
「……君も真面目だな」
「部長ほどではありません」
 退部騒動や春山クンを巡っての愛の争奪戦を乗り越えたからだろうか。彼女は以前よりはつらつと、自由に生きているように見えた。

 愛。それはきっと、人の心だけでなく行動をも変えてしまう力があるのだろう。頭では理解できる。けれど、実感は出来ない。
「今日はもう帰ろう。本郷クンも君に会いたがっているだろう」
 思い切って春山クンを誘い出して正解だった。監督命令の宿題提出に一歩近づいた気がした。
 春山クンはクスッと笑った。
「帰ったら、祐輔と練習する約束なんです。彼も、どうせやるなら甲子園目指したいって張り切ってますから」
「そうか。頼もしいな」
「みんな、部長が本気だから頑張ろうって気持ちなんです。甲子園目指して明日も練習、頑張りましょう」
 お疲れさまでした。失礼します。
 そう言って春山クンは、駅から続く陸橋を走っていった。

 春山クンの最後の言葉が、妙に胸の中で温かく染み入った。
 僕が本気だからみんなが頑張れる……。
 もしかしたら、自分で思っているよりもみんなは僕を信頼してくれているのかも知れない。
 僕も早く水沢と合流し、練習に励もう。
 僕は時刻表を確認すると、急いで改札を抜けた。


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