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Young VANGUARD ~Draco~①

 俺は、平和で豊かな系(くに)に住んでいるんだと思っていた——2年前、カストル叔父さんが殺されるまでは。
 この太陽帝国には——いや、この群雄割拠の宇宙社会には、俺たちが守りたい「平和」も、「豊かな暮らし」もない。
 大航宙時代よりもはるか昔、地球のある作家は言った:「革命の基本的な動機は、天国を建設することではなく、地獄を破壊することだ」と。地獄とは、必ずしも実感を伴うものではない。ある惑星(ほし)の民はパンとサーカスで飼い馴らしながら、別の惑星では銃剣で血を流し、ブルドーザーで地を均(なら)す——そうやって、太陽帝国という生き地獄は、今日も戦争(ころし)の駒を殖やしているのだ。

Prologue: 独白

1. 天秤

《平和な地球を破壊するドロイド軍団を指揮していたのは、太陽政府に雇われたサイボーグ、「スクラップ」と「ビルド」だった!》
 ドラコは自治会館の休憩室で、“社会派”と評されるヒーロー番組を眺めていた。
「へー。攻めてるじゃん」ドラコの横でナレーションを聴いて、トリトンは感心した。
《戦う植物戦隊(ガーデンフォース)の前に現れた、過激カルト「ナイラーン」。三つ巴の……》
「……前言撤回」
「先週あたりから、この調子でさ」ドラコは溜め息を吐いた。「結局、お行儀のいい体制内ヒーローの域を出ないんだよな」
「ちょっと、ひどいね。絶対、火星委員会のこともそういう評価してるってことでしょ」
「その作品に、左からの批判があるとはな」2人の背後から、オリオンが嫌味な声をかけた。「そんなことより、会議まであと2分だぞ」

 自治委員会で議題になったのは、工場建設に伴う大規模な森林伐採の計画だった。建てられようとしている工場は、帝国政府お抱えの軍事企業・シバマツのものだ。
「シバマツは新工場が多数の雇用を生み出すと謳い、すでに求人を開始しています」委員長のウェスタは報告した。
「あながち、悪い話でもなさそうですね」オリオンは言った。「ここ数年の不況で自治会館が駆け込み寺になりつつあるが、それもそろそろ限界なのでは」
「冗談じゃないぞ」ドラコは反論した。「シバマツみたいな大資本ばかり優遇して、雇用も福祉も壊してきたのが帝政じゃないか」
「強いられた貧困を抜け出したければ、死の商人のために働けと」トリトンは憤りをあらわにした。「太陽帝国がやってるのは、こういうことなんだ」
「計画の主体は、政府ではなくシバマツですが」ウェスタは指摘した。
「軍事企業なんだから、政府の意向を汲んで動いてると考えるのは自然だけどね」レオンが窘めた。「ウェスタがやるべきなのはそういう揚げ足取りじゃなくて、委員長として立場を示すことじゃない?」
「前半は理解しましたが、後半はどういうことですか」ウェスタは首を傾げた。その後も、議論は難航した。
 結局、自治委員会としては“緑を奪うな”という内容で反対運動を呼びかけることになった。ドラコやトリトンは“反戦・反軍”を掲げるべきだと強固に主張したが、その点では妥協を強いられる形になった。

2. 襲撃

「今日で何日目だよ。ほんっと、人使いが荒いよなあ」
 寒空の下、委員たちは森林を囲むフェンスの前に座り込んでいた。不満を吐露したのは、配信カメラを構えた広報部のマラトンだ。
「やるからには、そりゃあ格好のつく広報にするけどさ。でも、やってる事は業務妨害だからなあ」
 マラトンがぶつくさ言っている間に、伐採業者の車両が迫って来た。
《伐採業者は、帰れー》ドラコは拡声器で叫んだ。車両は立ち往生を余儀なくされた。
 しばらく膠着状態が続いた。やがて、防具で武装した集団が物々しく群がって来た。太陽警察の機動隊だ。
「作業員が通報したのか」トリトンは叫んだ。「それとも、シバマツの社員が」
「いや、フェンスの奥から出て来た」レオンは指弾した。「機動隊(やつら)は、初めから待機してたんだ」

《警告する。通行妨害をやめて、直ちに立ち退きなさい》
 警察官は拡声器で恫喝した。
《従わない場合は、やむを得ず実力を行使する。只今の時刻、5時15分》
 睨み合う委員たちと機動隊の様子を、公安部の刑事たちが少し遠巻きに撮影していた。
《怯むなー》ドラコは叫んだ。《ここで引いたら、惑星自治は終わりだぞ》
 公安刑事はドラコに注目し、集中的に記録を取り始めた。
「あいたたたた」突然、ドラコの目の前で機動隊員の一人が後ろ向きに転び、喚き出した。「公妨」
その怒号を合図に、機動隊員たちは一斉にドラコに襲い掛かった。
「馬鹿な。そいつが勝手に」当然の抗議に聞く耳も持たず、機動隊は瞬く間にドラコの四肢を掴み、フェンスの前から運び出した。
「奪還、奪還」レオンは委員たちに呼びかけながら、腰に提げた増幅器(ハンマー)に手を掛けた。だが、自らが巨人(タイタン)であると明かすことは躊躇われた。
《仲間を返せー》トリトンはドラコが落とした拡声器を掴んで叫んだ。
 委員たちは機動隊に歯が立たず、ドラコは警察車両の中に連れ込まれてしまった。

《ふざけるな》
 サイレンを鳴らして走り去る車両に、トリトンは怒りを叩き付けた。
「ほんと、ふざけやがって」マラトンは呟いた——それは、警察沙汰の当該となったドラコへの八つ当たりも孕んでいた。
《一旦、撤収します》ウェスタは拡声器で仲間たちに告げた。《伐採業者は既に引き返したようですが、座り込んでいた仲間の一人が逮捕されました。状況を集約して、今後の方針を練ります》
「くそ」機動隊の壁を睨みつけて、レオンは歯軋りした——彼が恨んだのは、自身も含め、不当逮捕を止められなかった委員たちの不甲斐なさだった。

3. 仲間 - 上 -

「手を出しちゃ、お終いだよ。手を出しちゃ」
 窓のない取り調べ室の中で、公安部の刑事はドラコを嘲笑った。
「俺はやってない」ドラコは訴えた。「あの警官が、勝手に」
「『被害者にぶつかったことには気付いていなかった』、と」
「そうやって、今までも政治犯をでっち上げてきたんだな」
「政治犯じゃないさ。『公務執行妨害』の容疑だ」
 以降、ドラコは貝のように口を閉ざした。

「じゃあ、“容疑を認めた”って発表は真っ赤な嘘なんですね」
 トリトンは自治会館で、ドラコの弁護人と通話していた。
「そんなことだろうとは思ってました。それも含めて、抗議しないとな……はい、よろしくお願いします」
「“転び公妨”なのは、疑っちゃいないけどさ」
 マラトンは率直に述べた。
「やっぱり、業者を止めたのはやり過ぎだったんじゃない?」
「伐採を止めなかったら、何のための座り込みだよ」トリトンは反論した。「それに、“やり過ぎ”たのは誰が見ても太陽警察の方だろ」
「ドラコが“公妨”なら、私たちも“業務妨害”で事後逮捕はありえますね」ウェスタは懸念を述べた。「実際、業者は作業を断念してるわけですし」
「油断はできないけど、それが出来なかったから“転び公妨”をやるしかなかったんじゃない?」レオンは指摘した。
「出来なかったって、何故ですか」オリオンは問い質した。「そもそも、“やるしかなかった”ということはそれだけ委員会(われわれ)が危険な存在だと——」
「その議論は、会議外でお願いします」議事の紛糾を恐れて、ウェスタは遮った。「とにかく、現場で我々を鼓舞していたドラコが狙い撃ちにされた。これは間違いないでしょう」
「全体(おれたち)に対する見せしめだ」レオンは喝破した。「ああなりたくなかったら、反対運動をやめろってな」
「だったら、やめなければいい」トリトンは拳を握りしめた。「ドラコを取り戻すためにも、明日の街頭集会を成功させなきゃ」
 議論の末、自治委員会として“転び公妨”への抗議声明を発表、座り込みや集会も“従前の計画を維持する”ということになった。レオンとトリトンは太陽警察への抗議行動も提案したが、それは委員会方針とはならなかった。

 ドラコは警察署内の留置場——太陽帝政以前の地球でもごく少数の国家にしかなかった、悪名高き“代用監獄”だ——に監禁され、其処で夜を明かすことを強いられた。
「水を入れろ」ドラコは独房の格子越しに、看守にコップを差し出した。
「口の利き方ってもんがあるだろ」看守は水を注ぎながら、ドラコに説教を垂れた。「勾留自体が不当だって思ってるかもしれないけど、俺たちがそれを決めたわけじゃないからな」
ドラコは黙ってコップを受け取り、水を飲み干した。
 いかに長く拘束されようと、失うものは何もない。だが、明日の工場反対集会には責任を取れなくなってしまった。レオンやトリトンは計画通りに決行してくれると思うが、他の委員はついてくるだろうか——ドラコにとって、それが最大の気がかりだった。

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