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Young VANGUARD ~Phoenix~①

 ——それは、お母さんだって今の帝政は放っておけないと思うよ。だけど、何もあんたみたいな女の子が戦わなくたって……——
 1人乗りロケットで惑星ハイドロンの大気圏に突入する最中、フェニックスは母の言葉を思い起こしていた。地球自治委員会の火星処分反対デモで、スクラム隊の最前列に入ることを伝えた時の反応だ。
 「女の子が」って、どういう意味なのか。何度問いただしても、納得のいく答えは得られなかった。
 ハイドロンに赴くことには、一層強く反対された。アンタレス系の統治機構(リヴァイアサン)は太陽帝政よりもリベラルな政権で、そこへかつての侵略国である太陽系の活動家が殴り込みに行くなど言語道断だというのだ。
「リヴァイアサンだって、アンタレスの民衆からどれだけ収奪してるか」フェニックスは呟いた。「排外主義者と一緒にすんなっての」


Scene 1

 リヴァイアサンは、各惑星に入星管理局を設けている。太陽帝国にも同名の機関があるが、アンタレス系のものよりはるかに厳しく、難民の認定率は宇宙社会でも最悪の水準といわれている。

 フェニックスのロケットはハイドロンの大気圏に入ると、管理局を目指して飛んだ。
「やけに危なっかしいなあ」ロケットが航空機の飛行圏まで高度を下げた時、下方から何やら不安定な軌道を描いて接近して来る機体があった。それは、離陸直後のローター機だった。「こっちも小回り利く方じゃないし、余裕もって避(よ)けとくか」
 ところが、両機が擦れ違った直後、ローター機は急に動作不良を起こして落下し始めた。
「うそおお」フェニックスには回避する術(すべ)もなく、ロケットは墜落機の直撃を喰らった。煙を吐いて落ちていくロケットの中で、フェニックスは緊急脱出レバーを引いた。「作動しない……こうなったら」
 フェニックスはハンドガン型のジェムパワー増幅器を取り出し、起動スイッチになっている矢羽を引いた。しかし、どういうわけか増幅器はうんともすんともいわなかった。
「なんで、こう悪いことは重なるかなあ」
 フェニックスが悲鳴を上げたその時、強い真っ白な光がロケットの窓から差し込んだ。光の中から1体の巨人が現れ、左右の掌にそれぞれロケットとローター機を受け止めた。
「パワータイタン?」フェニックスはコクピットの計器を覗き込んだ。「でも、ジェムの反応はない」
 そうしている内に、巨人は足音を響かせながら管理局の前まで歩き、左掌からロケットを降ろした。
「そこまで気を利かせてくれるんだ……」感心するフェニックスをよそに、巨人はローター機を適当な空き地に置き、光に包まれて姿を消した。

Scene 2.1

 件のローター機は、アンタレス軍の輸送機だった。数箇月前にも同型機の墜落で住宅地に被害が出たばかりで、今回の事故も軍やリヴァイアサンへの風当たりを強めた——“そんなことで軍事作戦が成り立つのか”とか、“訓練空域に太陽系人が侵入したのに撃墜しなかった”といった論調も散見されたが。

 ハイドロン鉄道労組は、事務所に到着したフェニックスを暖かく歓迎した。
「本当に、よく来て下さいました」労組の委員長は挨拶した。「地球の同志たちと交信を始めた頃は、“侵略国の自分たちにアンタレスの労働者と手を取り合う資格があるのか”と真剣に悩んでおられましたが」
「面目ない話です」フェニックスは、自治委員会で共有されてきた反省を述べた。「困難な闘いから身を逸らそうとしていた時の、言い訳ですから」
「それにしても、来て早々、大変だったね」
 若手の組合員が、さりげなくフェニックスの肩に横から手を回した。フェニックスは黙ったまま、組合員の手を払いのけた。
「リゲル。二度とやるなよ」もう1人の若い組合員が、リゲルという男をフェニックスから引き離した。
「何だよ、ジャガー。減るもんじゃないだろ」
「慣れてるけどね。心を擦り減らすことにも」フェニックスは腕を組んだ——それは免罪ではなく、寧ろ告発の一言だった。
「……すいませんでした」リゲルはようやく頭を下げた。
「それこそ、一緒に闘えるかどうかの問題だからね」フェニックスは釘を刺した。「ところで、訊きたいことがあるんだけど」
「巨人の名は、『ビーク』だ」
 ジャガーやリゲルより少し年上の組合員が、口を開いた。
「詳しいことは解らないんだが、前にも労組(おれら)を助けてくれたことがあってな」ジャガーは説明した。「あ、彼は技術班のゼノン。職場では運転士をやってて、仕事中の事故がきっかけで組合に入ってくれたんだ」
「技術班……実は、後で見てほしいものが」
「ラウンジで待つ。話が終わったら来い」ゼノンはそう告げると、さっさと部屋を出てしまった。
「少し気難しいところがありますが、頼りになる仲間ですよ」委員長は言った。「それで、目下の課題についてなんですが」

 委員長はフェニックスに、ハイドロン鉄道の民営化問題について説明した。リヴァイアサンは民営化、すなわち営利化によって公共鉄道と労組の解体を図っており、労組はこれを全力で阻止するべく闘争を構えているということだった。
「昨日成立した鉄道改革法で、職員は“新会社が新規採用する”ということになりました」委員長は怒りを滲ませた。「弁護士も違憲立法だと言っているんですが、リヴァイアサンはそういう離れ業で組合員(われわれ)の首を切ろうとしているんです」
「『海獣は死に瀕してのたうち回る』という警句がある」ジャガーは言った。「凶暴な弾圧は権力者が追い詰まってる証拠、といった意味だ」
「そこは、宇宙共通なんだね」フェニックスは言った。
「軍事独裁時代のリヴァイアサンに立ち向かった闘士たちの、教訓なんです」委員長が補足した。
「その時に比べたら、今のリヴァイアサンは全然弱腰だけどな」リゲルは笑った。「こっちには、巨人(ビーク)って守り神も付いてるし」
「守り神ねえ」フェニックスは苦笑した。組合員たちには、自分も巨人になれることを明かすつもりだったが、この時に漠然と抱いた違和感がそれを思いとどまらせた。


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