見出し画像

Young VANGUARD ~Wolfgang~

「ここが地球か」
 住宅街に着陸した貨物飛行船から、5人ほどの家族が降り立った。
「ごめんよ。こんな立地の家しか借りられなくて」父親は家族に謝った。「『広面橋』の下だとは聞いてたが、これじゃお天道様は拝めないな」
「“たいようけい”って、昔アンタレスをおそった国なんでしょ」成長期に入ったばかりの末っ子が、19歳ほどの次兄の裾をつかんだ。「わたし、ここに住むのこわい」
「心配すんな、テリオ」袖をまくった右腕に縫い跡を遺した長兄が、しゃがんで妹の頭を撫でた。「この家族はみんな、俺が守ってやる」
「そんな事、言われても嬉しくないぞ」次兄は真顔で言った。「本当に帝国(こっち)の軍に入る気なのか、リカオン」
「リカー! ヴォルフー!」
 母親の声が、兄弟たちの話を遮った。
 ルプス一家は、アンタレス系ハイドロンから地球に越して来た。次男の名はヴォルフガング。間もなく太陽帝政が彼から家族を奪うことになるとは、知る由もなかった。


1. The Tragedy

 ルプス3きょうだいの父親は、太陽系企業のハイドロン支社に勤めていた。帝国によるアンタレス侵略を前後して、市場獲得のために進出して来た企業だ。地球本社への転属に伴い、一家揃って移り住むことになった。
 引っ越しに一番反発したのは、末っ子のテリオだった。友達と別れたくないと、毎日泣いて抗議した。
 長子のリカオン妹を窘める側に回ったが、内心では彼もやり場のない怒りを抱えていた。比較的裕福な家庭だっただけに、弟のヴォルフガングが幼かった頃は周囲の子供たちから僻まれ、“侵略者に魂を売った裏切り者の子”といじめられた。その悔しさからリカオンはアンタレス軍を志し、士官学校に入った。その後に生まれたテリオがいじめに遭うことはなかったが、もうすぐ卒業して正式入隊だという時に父親の転勤を告げられたのだ。
 会社のせいでいじめられたヴォルフガングも、本社への“栄転”など歓迎するべくもなかった。同時に、彼は兄の無念をよく理解していた。だからこそ、兄が太陽軍に志願すると言い出した時には戸惑いを隠せなかった。リカオンは、家族が住む国の兵士として戦うことが家族を守ることだと強く信じていた。ヴォルフガングはその覚悟を非難できなかったが、言葉にならない違和感を覚えていた。

「最近、地球も物騒になったね」
 住み始めて4年経った家のリビングで、母親は溜め息を吐いた。
「機獣の配備が決まって、反対運動も起きてるって」
「火星の次は地球というのが、帝政の方針らしいな」ヴォルフガングは言った。「ちょうど、俺たちが越して来たのが火星処分の時期か」
「おはよう」テリオが起きて来た。「リカ兄、今日も学校なのかな」
「手紙に書いてあったろう。士官学校では、日曜なんて関係ないって」父親が答えた。「引き金に指をかける仕事も、誰かがやらなきゃいけないのは解るけど——」
 突然、打ち上げ花火のような爆発音と、巨大なガラスが割れるような鋭い音が屋根の上から一家にのしかかった。
「何」テリオはたちまち泣き出して、母親にしがみ付いた。
「俺が見て来る」ヴォルフガングはリビングを飛び出した。玄関を出た途端に視界に飛び込んできたのは、前触れもなく一軒だけ全壊した隣家だった。「これは、どうなっているんだ」
 瓦礫の山を見るだけでは判らなかったが、隣家は砲弾の直撃を受けて大破したのだった。
「おおい、誰かいますか」ヴォルフガングは、瓦礫の山に分け入って生存者を捜し始めた。隣の一家も太陽系外からの移民で、引っ越して以来、付き合いがあった。
 外は、いつもよりも明るかった。ヴォルフガングがふと頭上を仰ぎ見ると、一帯を覆っていた広面橋は破損し、大きな穴が開いていた。穴の上からは、絶えず重たい物音が落ちてきていた。
 次の瞬間、穴から巨大な鉄筒が降って来た——それはヴォルフガングの頭上を掠め、彼の家を直撃した。

「3人共、ほぼ即死だそうだ」
 病院の廊下で、ヴォルフガングは兄に伝えた。
「もう、誰も死なせはしない」リカオンは声を震わせた。「そのために、侵略や内乱から平和を守るんだ」
「まだ、そんな事を」ヴォルフガングは遂に、リカオンに反駁した。「我が家(おれたち)のような移民ばかりを、この国はこんな日陰に住まわせて。頭上で本国人同士が取っ組み合った挙げ句に、この仕打ちだ」
「それは、巨人に対抗する力が足りなかったからだ。この系の平和は、この帝国(くに)が守るしかない」
「そもそも、アンタレスを侵略した軍じゃないか」
「今は、平和憲法がある」リカオンはヴォルフガングに背を向け、立ち去ろうとした。
「何処へ行く」
「学校で手続きを取る。お前の住む処、今日中には決まらないだろう?」

2. The Swordman

 家族と家を失って数日の間、ヴォルフガングは士官学校寮の兄の部屋に身を寄せた。
 決まった新居は、一人暮らしにもやや狭いマンションの一室だった。広面橋の下ではなかったが、やはり日当たりは悪かった。
 ヴォルフガングは、夜な夜な河原に出て武術の鍛錬を積むようになった。
「こんな事をしていても、巨人や機獣の前には無力すぎる」虚空に拳を突き出しながら、ヴォルフガングは唇を噛んだ。「やはり、リカオンの言う通りなのか」
「君がルプス家の生存者か」
 軍服姿の男が、夜闇の中から歩み寄って来た。
「ヴォルフガング・ルプス。今季、入隊したリカオン・ルプス二等兵の弟だね」
「帰れ。軍人の顔など、見たくもない」
「君の家族を奪ったのは、巨人の方だとしてもかね」軍人は問うた。ヴォルフガングは黙ったまま、軍人の眼を睨みつけた。
「その巨人こそ、我が軍の最大の敵だ」軍人は続けた。「私はカニス・キョクトー将軍。力が欲しいなら、私について来い」

 それはヴォルフガングにとって、悪魔との契約そのものだった。「パワータイタン・スイフト」を葬った後は、返す刀で帝国軍の基地を壊滅させる——帝国軍から与えられた力で。それが、ヴォルフガングの思惑だった。
「これが力の源、規律の石(クリスタルファング)だ」
 カニスがヴォルフガングを連れて行ったのは、リカオンの通っていた士官学校の訓練場だった。カニスは柄の付いた群青色に透き通る刃と、雪の結晶を模ったフックを手渡した。
「そのフックが、軍刀(サーベル)の護拳になる。取り付けてみろ」
 ヴォルフガングは言われた通りに武器をセットした。すると、クリスタルファングは群青色の強い光を放ち、淡い翡翠色の刀身を伸ばしていった。
「おい。何だ、この冷気は」護拳型のパワー増幅器を取り付けられた刀の柄は、ヴォルフガングの体表に氷の鎧を生成していった。
「それが、パワータイタン・氷刃(スラッシュ)だ」カニスは告げた。「尤も、まだ不完全体(アンファンス)だがね」
「この“サーベル”も、不完全というわけか」ヴォルフガングは、およそ刃物とはいえない、喩えるなら氷柱のようなブレードを眺めて言った。氷刃(スラッシュ)の鎧も、粗削りな印象を与えるごつごつとしたものだった。
「お前は、戦闘(たたかい)のことを何も知らん」カニスはそう言うと、手に持ったコントローラーで鉛色のロボットを呼び出した。「この教練機は、対パワータイタン装甲の試作品で覆われている。この機体を一刀両断できれば、合格だ」

「しっかし、わかんねえよなあ」
 士官学校の休憩所でコーヒーを飲みながら、訓練生は言った。
「卒業生の弟だか知らないけど、なんであんな小僧を此処で?」
「正規軍とは別の、切り札にするらしいぜ」情報通の級友が答えた。「なんでも、疾風(スイフト)への憎悪を掻き立てやすい遺族を選んだんだとか。多分、皇軍(こっち)でもパワータイタンを飼うってことだ」
「大丈夫な情報なの、それ? 俺ら、消されたりしない?」
「もっとやばい話もあるぜ——スイフトは、将軍の息子なんじゃないかって噂だ」

「復讐心だけで使いこなせるほど、パワージェムは甘くないぞ」
 教練機に歯が立たないヴォルフガングを、カニスは叱咤した。
「ならば、なぜ俺を選んだ」
「口答えするな」カニスは怒鳴った。「お前が刀を振るうのではない。刀がお前を使役するのだ」
 ヴォルフガングは憤怒を禁じえなかった。この軍人は、自分に適性を見込んで勧誘したのではない。実験台となることを了承させるために、自分の境遇を利用しただけなのだ。

《アンタレス系の戦闘機に遭遇し、交戦していた「黒雨(クロサメ)」は、先程、敵機を爆破しました》
 特訓の日々の最中、ヴォルフガングは只ならぬニュースを耳にした。
「クロサメ……って、確か」
「訓練飛行をしていたのは、ルプス二等兵だ」ベンチに掛けて汗を拭くヴォルフガングに、カニスは告げた。
「そうだ。手紙に書いてあった」ヴォルフガングは立ち上がった。「最後の肉親まで、奪われてなるか」
 ヴォルフガングは勢いよく短刀(ファング)と護拳(ガード)を手に取り、組み合わせた。それまでと同じ不完全な鎧を纏い、ヴォルフガングは氷柱のような棒状の武器を教練機に突き出した。
 その時、鎧と刀は強烈な群青色の光を放ち、表面から削ぎ落されるように氷の破片が飛び散った。次の瞬間、研ぎ澄まされた白刃が教練機の胴体を貫通し、刃の帯びた冷気で機体は急速に凍り付いて砕け散った。
「俺は人であり、パワータイタンだ」洗練された白銀の鎧を煌めかせて、ヴォルフガングは宣言した。「氷の規律は、俺の執念に宿る」
「それが、彼奴の辿り着いた境地か。まあ、いいだろう」カニスは呟いた。「今のデータ、『ブリッツスーツ』の担当者に送っておけ」

 カニスによる訓練を終えてからも、ヴォルフガングは毎夜の鍛錬を欠かさなかった。
「パワータイタン・スイフト……必ずこの手で」闇夜の中、青年の右手に握られた短剣が群青色に輝いていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?