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Young VANGUARD ~Leon~

「済まない、ルナ……お前は“生きろ”と言ったが、やはり耐えられない」
 崖の淵に、1台のダンプカーが停まった。運転席には、短いウェーブヘアの青年が座っていた。

 これは、青年レオンが大地の力を得る少し前の物語。その頃、太陽系では「火星処分」をめぐる命懸けの攻防が繰り広げられていた——。


1. Cold and Dry

「さすがに、官庁の警備突破はやり過ぎじゃない?」
 地球委員会の会議で、広報部のマラトンは言った。
「防具だけとはいっても、武装した集団ってだけで見るからに過激じゃん。やる事も申し入れなら、せめて門の前で平和裏に……」
「火星を見れば明らかでしょ。地球(おれたち)も、やるかやられるかだって」レオンは落ち着いた口調ながら、鋭く切り返した。「何をやっても、やり過ぎることはないさ」
「そんな馬鹿な。あまりにも傲慢じゃないか」
「お前こそ、裁きの神にでもなったつもり?」
「方針の議論をしましょうか」委員長のスバルが2人を窘めた。「火星処分阻止の団結を拡げること。それが、今度のデモの目的でしょう」
「解ってるよ。だからこそ、大衆に通用しない尖鋭化方針は——」
「そうやって決めてかかるから、得られる支持も得られないんだ——」
「とりあえず、目標をもう少し鮮明にしましょう」副委員長のウェスタは提案した。「直ちに体を張ることを呼びかけるのか、一旦はその予備軍を形成するのか。その辺りが固まらないと、戦術も詰めようがありません」
 何を呑気な——レオンは舌打ちした。既に火星では血が流れているという時に“予備軍を形成する”など、レオンには考えられなかった。

「レオン。ちょっといい?」
 会議が終わって車庫に入ったレオンを呼び止めたのは、旧植民地(アンタレス)出身のトリトンだった。議論は結局まとまらず、翌日に持ち越されたのだった。
「あいつがぶれてるのは、お前が一番よくわかるだろう」レオンは先回りして言った。「ネットの反応に引っ張られてるんだよ。他人事だと思ってる連中しか、広報誌の批評なんてしないから」
「確かに、マラトンやウェスタはまだ軸を持ってないと思う。でも、それを彼ら自身がつかめるようにするのが会議の——」
 レオンは話を最後まで聴かず、乗って来たトラックの扉を閉めた。
「彼がもう一皮剥けてくれれば、委員会の団結も一気に深まるんだけどね」
 走り去るトラックを見送るトリトンに、レオンと同じ技術部のフェニックスが話しかけた。
「その一皮が、大変なんだよな」トリトンは溜め息を吐いた。「地球の委員のこと、ちゃんと仲間として見てるのかなあ」

「ルナ。悪い、遅くなって」
 小さな一軒家の寝室に入ると、レオンはベッドに横たわっている女性に帰りを告げた。
「ううん。ありがとう」ルナも自治委員の一人だが、この日は体調を崩して休んでいた。「会議、どうだった」
「まるで危機感がない。俺が吠えなきゃ、役人に紙切れ一枚渡すだけのデモになるところだった」レオンは白い手提げ袋をベッドの横に置き、ボトル入りのホットレモネードを取り出した。「喉、渇いてないか」
「レオンは優しいもんね」ルナはボトルを受け取って、レモネードを一口飲んだ。「優しいからこそ、仲間との連帯(きずな)は譲れない」
「火星のことは対岸の火事じゃないって、言ってるだけだよ」
「照れちゃって。私に隠そうったって無駄だぞ」
「俺が仲間思いだなんて、あいつらが聞いたら卒倒するよ」レオンは吐露した。「その実、スバルやトリトンでさえ俺のブレーキ役に回ってる。そんなのは、“仲間”どころか利敵行為だ」
「ってことは、フェニーもか。確かに、その3人と足並み揃わないのは苦しいなあ」
「独りでも、粘るしかない。それで駄目なら、委員会なんか抜けて——」
「独りじゃないでしょ」ルナはレオンの手を握った。「誰が何と言おうと、私はあなたの味方。明日には私も回復すると思うし、焦って孤立することはないよ」

2. Volcano

 翌日の会議は午後からだった。レオンとルナは、自治会館の食堂で昼食を摂っていた。
《我々はテロに屈しない。あらゆる脅威から臣民を保護する》
 食堂のテレビは、パワータイタン=カストルの指名手配を発表した太陽皇帝の会見を映していた。
「そりゃ、火星処分はあまりにも乱暴だと思うけど」レオンらの隣のテーブルで、マラトンは呟いた。「だからって、自治派が同じレベルに落ちたら終わりだよなあ」
「いや、皇帝の方じゃん。暴力に暴力で報いるって宣言してるのは」レオンは昔から、“同じレベルに落ちる”論が嫌いだった。「お前の言ってることは、ただの権威主義だよ」
「君はすぐ、“権威主義”ってレッテル張るけどさ——」
「だったら訂正してやろうか。“虎の威を借る狐”だ」
「誰のこと、言ってる」マラトンは遂に声を荒げ、立ち上がった。「俺はなあ。毎回、炎上に怯えながら委員会の——」
「その寝言を、火星でも言えるのか」レオンも立ち上がり、マラトンの胸ぐらを掴んだ。「文字通り焼かれようとしている、会館の中でも」
「ちょっと、やめなよ」ルナはレオンをマラトンから引き剥がした。
「お前、誰の味方なんだ」
 レオンは言い放った。ルナは言葉を失い、食堂の外に駆け出した。
「お前、最低だな」マラトンは吐き捨てた。レオンはマラトンに殴り掛かり、周辺にいた複数人に制止された。

 ルナは食堂の裏に立ち止まり、俯いて目元を押さえた。
 その時、大型車両のタイヤの音がした。
「オーライ、オーライ」
 ルナが涙を拭って顔を上げると、見覚えのある男が工事車両を誘導していた。
「ヘルメス?」ルナが声をかけたその男は、政府が火星処分を発表した頃に任期を終えた元自治委員だった。公私を問わず粗暴な振る舞いが目立つ男で、退任後も会館周辺をうろついては委員にくだを巻くなどしていた。「ここで、何の工事してるの」
「カジノ建てようと思ってんだよね」ヘルメスは下品な笑みを浮かべて、冗舌を振るった。「最近、会館(ここ)の食堂も陰気臭いからさ。食堂が陰気臭いってことは、会館が全体的に陰気臭いってことが判るでしょう。大方、火星処分やら何やらで会議が重苦しいんだろうけど。羽目外せるような場所がないと、息が詰まるよねえ。そう思わない?」
「会議では、何も聞いてないんだけど」
「言ってないからね。どうせ、委員会もろくに管理してない空き地だし」
「今から、厳重に管理しないとね」
「それ、あなたの独断で言ってるだけだよね」すでに始まった工事を横目に、ヘルメスはルナににじり寄った。「仮に委員会の総意としてストップがかかるとして、キャンセル料はそっちで払ってくれるのかな」
「何の騒ぎだ」
 車両の音を聞きつけて、レオンやマラトンら数人の委員が集まってきた。
「言っとくけど、業者さん首都惑星(キャピタル)から来てるし、自治惑星(ちきゅう)のローカルルールとか通じないからね」
「すみませーん」ルナはヘルメスが付き纏うのをものともせず、作業中の現場に駆け寄った。「この工事は、土地の管理者が承諾してないんですけど」
 次の瞬間、ルナとヘルメスの目の前で稼働していた工事車両が爆音とともに黒煙を上げた。誰も予期せぬ突然の爆発で、車両は忽ち炎上した。
「ルナ!」
「消火銃、急いで」火の中へ飛び込もうとしたレオンに、フェニックスが指示した。「トリトンは救急通報を」

 爆発の原因は、ケフェウス連合軍が数十年前の空襲で落とした不発弾だった。
 レオンたちが火を消し止めたところへ救急隊が到着したが、ヘルメスと車両の運転手は現場で死亡が確認された。
「ルナ……ルナ……」
 担架で運ばれるルナに付き添って、レオンは必死でルナの手を握った。
「ごめん、レオン……」ルナは声を絞り出した。
「何を謝ってる。気を確かに持て」
「あなたは、誰よりも人の痛みが分かる人。それを大事にしてね」
 救急隊らはワープゲートをくぐり、病院の手術チームにルナを託した。

 院内で手術を待つレオンに告げられたのは、最悪の結果だった。

「君がいない世界なんて」
 崖の淵に、1台のダンプカーが停まった。
「済まない、ルナ……やはり、耐えられない」レオンは全力でアクセルを踏んだ。
 崖の下には、一軒の倉庫があった。その正面には帝国軍のエンブレムが描かれていた。一室の天井に大穴が開いた瞬間、ガラスケースで保管されていた透明の鉱石が強い硫黄色の光を放った。
 ダンプカーの残骸が上げる炎の中に、1体の人影が立ちつくしていた。
「生きてる……なんで?」レオンは黒い鎧に全身を包まれ、その右掌には鎚の形をした硫黄色の鉱石が握られていた。
「お前が……俺を助けたのか?」黒獅子は石に尋ねた。

「壮大の石(クエイクストーン)が持ち去られた?」
 帝国軍のカニスは、部下から報告を受けていた。
「はい。パワージェムが焼失するとは、考えられませんので」
「警察は何と言っている」
「崖の上から車両で転落した模様で、それ自体は事故か自殺だったのではとのことですが」部下は答えた。「車種の特定もままならず、場所と時間だけを手掛かりに聴き込み捜査を始めたところだと。仮に自治委員会の車両だったとして、連中は捜査に協力しないでしょうし」
「妙に悠長だな。公安じゃないのか」
「警察もこのところ、火星にかかりきりのようで」
「今に、厄介な相手になるぞ」カニスは唸った。皇帝と臣民の、恐怖 -terror- の的——パワータイタン・大地 -TERRA- に」

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