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カストル戦記:POWER TITAN ORIGIN ~Lost Record~後編~

 その夜、自治会館に舞い戻ったミノタウロスを出迎えたのは、スクラムを組んだ火星の民衆だった。
《無駄な抵抗はやめろ》機獣のスピーカーを通して、管制室のカニスは通告した。
「無駄じゃないからやめさせたいんでしょう」スクラム隊の最前列から、ケイロンは的を射た。「皆さん、カードをゾディアスパークへ」
 合図を受け、カストルとケイロンを中央に挟んで腕を組んだ48人は、それぞれ1枚のカードを左腕の手甲に挿入した。ナトラの要請に応じ、ケイロンが所持していたゾディアックカードは、先頭で闘うべく志願した戦士たちに配り与えられたのだった。
《ライフシード。ギャラクシーフェザー》
《Astro Break》
巨人(タイタン)の力を持つ2人も、それぞれのパワー増幅器を起動した。
《絶対に、仲間を孤立させない——》ナトラは拡声器で軍に突き付けた。《——それが、我々火星民の答えだ》
「火星は私が——」カストルは叫んだ。「——いや、私たちが守る」
《スクラムスパーク》
 数列に及ぶスクラム隊の思いに感応して、最前列の50人が装着している増幅器から色とりどりの光が飛び出した。光は1本の鎖のように連なっていき、やがて直立した光の長剣がミノタウロスの前に浮かび上がった。
「レディ——」ポルクスの掛け声に合わせて、民衆は組んだままの腕を振り上げた。
「ダウン!」次の掛け声で、彼らは腕を振り下ろした。50枚の連なった光の刃が、1枚ずつ機獣の頑丈な装甲に降りかかり、たちまち重厚な機体を真っ二つに切断した。

「第2次防衛戦勝利を祝して、乾杯!」
 自治会館では、盛大に祝杯が挙げられた。
「本当にありがとうございました」ナトラはケイロンのグラスに酒を注いだ。「まさか、あの数の増幅器(スパーク)を間に合わせて下さるとは」
「全くだよ。政府のプロジェクトでも、あんな無茶な注文はなかった」ケイロンは笑った。「まあ、既存のシステムを応用するだけだったのがせめてもの救いだけどね。それに、無茶ぶりに応えるだけの意義があの作戦にはあった」
「火星の民衆を、無力感という鉄鎖から解き放つ——」カストルは語った。「——本当は、地球でもそうすべきだったんだ」
「皆さーん」ポルクスが声を張り上げた。「系外から、連帯メッセージが届いてますよ」
「マイクを使え、マイクを」カストルは野次を飛ばした。
 ポルクスはマイクを取り、2通のメッセージを読み上げた。1通は、かつて太陽帝国から侵略を受けたアンタレス系のハイドロン鉄道労組から。もう1通は、宇宙秩序の枢軸をなすケフェウス連合で抑圧に立ち向かう水平同盟からだった。
「支配する者がある限り、抗う者がある」読み上げたメッセージに拍手が送られる中、ポルクスは噛み締めた。「アンタレスにも、ケフェウスにも」
「陽帝に屈するってことは、闘う仲間を戦火に曝すってことです」ナトラは身を引き締めた。「ケフェウスの闘士たちを孤立させ、アンタレスの空に再び爆弾を落とすわけにはいきません」

「実力闘争?」
 カニスは自宅の書斎で、部下から電話報告を受けていた。
《自治会館から火星庁まで練り歩き、処分中止の要求書を提出するとか。例の「連光刃断(イスクロヴォイメーチ)」を発動した増幅器を、今度も装着して行く戦術です》
「反転攻勢のつもりか。当然、自治委員は総出なんだろうな」
《そうですね。順調に討議が進めば、今月の下旬には決行かと》
「半月足らずか。思い切った行動の割に、急ピッチだな」
《引き延ばしましょうか?》
「いや、むしろ早い方がいい。お前も今更、慎重派を演じるのは無理があるだろう」
《了解です》
電話を切ると、すぐさまカニスは別の相手に電話を掛けた。
「陛下に進言がある。謁見を設定されたい」
 書斎の一角には、置き物を並べておく陳列棚があった。そこに腰を下ろした小さなロボット——電池はとうに切れている——が、哀しそうな眼でカニスを見詰めていた。

《皇帝陛下は、火星処分に伴う自治会館の強制差し押さえについて、月末までは執行しないと発表されました》
「本当かね」
 テレビ報道を見て、カストルは眉に唾を付けた。
「真偽はどうあれ、こういう発表自体が世論に押されてる証拠だけどね」ケイロンは指摘した。
「今度の実力闘争を全力で成功させて、追い打ちをかけたいですね」ナトラは言った。「大胆な方針だけに委員たちの動揺もありましたが、粘り強く討論して皆んな腹を決めてくれました」
「今日の採決は全会一致でしょうけど、その後が頑張りどころですよね」会議に向けて資料を整理しながら、ポルクスも意気込んだ。「火星庁までのデモで飛び入りは募るにしても、最初から参加する人を大勢集めないと」

 実力闘争の当日、カストルとポルクスは会館の門前で警備に当たっていた。
「おい、何だこれは」カストルは手持ちのレーダーで、熱源の接近を確認した。
「ミノタウロスMk. IIですね」ポルクスは妙に落ち着いた様子で答えた。
「『マークツー』? なぜ、そんな事を知っている」
 間もなく、敵機は会館に砲撃を浴びせ始めた。
「話は後だ」爆炎と黒煙を背景に、カストルは両腕の増幅器(スパーク)を構えた。「アクティベート、パワージェム」

「もう遅い。今頃、機獣が会館を焼き払っているよ」
 火星庁の門前で、2人の官吏が民衆を出迎えていた。役人が告げた帝政の所業に、民衆は怒号を上げた。
「やはり、騙し討ちか」ナトラは唇を噛んだ。
「勘違いするな」官吏は嘯いた。「お前ら全員が残ってても、同じことだ。改良機を投入してまで、姑息に留守を狙うものか」
「カストルが危ない」ケイロンは叫んだ。「今すぐ、会館へ」
《Mach Box》
 ケイロンが切ったカードの力で、大きな空気のコンテナが民衆を収容し、目にも留まらぬ速さで会館に急いだ。
「でも、例の大業(おおわざ)をこっちにかましてこなくてよかったですね」
 静かになった門前で、若い官吏が言った。
「相手(むこう)も、打ち合わせていたらしいからな」ベテランの官吏は明かした。「万一の場合は、残った仲間の命を最優先すると」

「いやあ、危なかった。自分の退避もまだなのに、容赦ないな」
 廃墟と化した会館の周辺で、ポルクスはぼやいた。カストルはミノタウロスからの砲撃をもろに受け、血にまみれて横たわっていた。
「あなたの兄上は、鬼将校ですね」ポルクスはカストルを見下ろして、語りかけた。「そうそう、自分の偽名も閣下の命(めい)によるもので」
「偶然じゃ、なかったんだな」カストルは声を振り絞った。「“ポルクス”——子供の頃、兄さんに贈った自作ロボットの名前だ」
「それは初耳ですね。偶然かどうかも、自分には何とも」ポルクスは薄笑いを浮かべると、カストルに背を向けて歩き出した。「火星民たちが帰って来る前に、お暇します。あなたもどうせなら、裏切り者よりも仲間に看取られたいでしょう」

労働者は時々、勝利することがある。その勝利は、一時的なものに過ぎない。労働者の闘争の本当の成果は、直接の成功にあるのではなくて、労働者の団結がますます広がっていくことにある。

K. Marx『共産党宣言』

《昨日、ついに火星処分が執行されました。皇帝陛下の発表によりますと、内乱罪で指名手配されていたカストル容疑者が機獣の砲撃により死亡しましたが、会館では目立った抵抗もなく火星自治は静かに幕を閉じたということです》
 父子2人が囲む食卓の上に、ラジオからアナウンサーの声が流れていた。
「お前は、カストルのようにはなるなよ」
「それが、血の通った人間の言うことか」ドラコは食器を卓上に叩き付け、その勢いで席を立った。「叔父さんの敵は俺が取る。あんたも震えて眠れ」
 火星処分強行とカストル虐殺の報は、アンタレス系ハイドロンにも届いていた。
「今は此処で、やるべきことをやる」フェニックスは怒りを胸に抱きつつ、決意を新たにした。「太陽系を、宇宙を変えるために」
 帝国支配を覆す戦いの火は、決して消えたわけではない。火星の敗北は太陽系の民に無力感を植え付けたが、それを覆す前衛 - VANGUARD - の萌芽をも同時に促したのだ。

《火星ではすまなかったな、ポルクス》
 カニスは受話器越しに陳謝した。
《Mk. IIの性能なら巨人(タイタン)は問題にならないんだが、民衆の移動時間が読めなかったのでな》
「パワータイタンを倒して、威力を見せつける余裕はなかったと」ポルクスは苦笑した。「それにしましても、自分もこれで用済みというわけでは……」
《もっともだ》カニスはあらためて謝意を表した。《次は、地球だ。頼りにしているよ、ポルクス——いや、オリオン》

(カストル戦記:POWER TITAN ORIGIN ~Lost Record~ 完)

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