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《逆光のなかで》

テーマ/逆光
書く習慣アプリ1月24日に投稿したものです。

あれは小学4年生の五月のことだったと思う。
私は小学校へ入学したときから毎週日曜日には油絵教室に通っていた。その油絵教室の課題で、その題材を探すために、家から歩いて7分くらいにある大きな白山公園へカメラを持って出掛けていたときだ。

私は公園の東側にある大きな瓢箪池の中央に架かる木の橋《ちがい橋》を渡っていた。
その橋は藤棚になっていて、ちょうどそのときは藤の花が枝垂れて満開に咲いていた。

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橋の床板に落ちて揺れている木洩れ日の中を熊蜂の小さな影が行き交っていて、私は半分遊び感覚でそれをうまく写真に撮れないかなあとしゃがみ込んで考えあぐねていた。

当時のカメラは今のようにデジタルではないから安易に試し撮りなんてできないし、そもそもその年代では試し撮りという考えさえ持ってはいなかった。
フィルム代と現像・プリント代だけは、私の芸術活動つまり親にしてみたら教育費の扱いになっていたみたいなので、毎月貰っているお小遣いとは別口で親から出してもらっていた。無駄使いはできなかったのだ。

母方の祖父から譲り受けたRollei35sというフィルムカメラにも四角い窓で照度計の針を確認することはできたけれど、光のコントラストが強すぎるとその照度計もブレ(誤差)を生じることがあった。
そのせいで何度か設定を間違えて撮影したことがあったので、行きつけのカメラ屋さんのアドバイスで単体の入射光式の露出計を常に携帯していた。
カメラの露出計よりもその単体の露出計を頼りに適正露出・絞りを設定して撮影するようにしていた。
かれこれ2年近くそんな写真の撮り方をしていたので、当たり前の撮影手順というか、煩わしさみたいなものを感じることはなかった。


当時のことを改めて思うと、
今の私よりも余程写真に対して真摯に向き合っていて、子供げなかったけれど我ながら面白い子だったかもなあって、そのときの子供だった私に会いに行って褒めてあげたい気持ちにもなる(笑)

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露出計を木洩れ日の揺れる床板に直置きにして適正露出を測っていたときだった。

「やあ少年。お前さんは一体何をしてるんだ?」
と声を掛けられた。興味津々といった感じの踊るような調子のオジサンの声。

〝お遊びで〟とは思いながらも撮影することに対しては真剣だったので、
〝ジャマすんなよオッサン、ウルさいなあ〟
と心の中で汚く吐いたのだけれど、学校へ行くことができなかった頃の学びを経て、気持ちを抑えるという自己制御はできるようになっていた。

私は笑顔を作って声のするほうへ見上げるように顔を上げた。藤棚の房のあいだからチラチラと漏れてくる直射日光のせいで、声を掛けてきたその人の顔の表情がよく見えない。笑っているのか?しかめっ面をしているのか?とりあえず、すぐに返事だけはした。
「藤の花の揺れている影と熊蜂の影を一緒に写真に撮りたくて、この床に映る光の強さを測ってました」

するとそのオジサンがまた話し掛けてきた。
「お前さんみたいなまだ小さな小学生がそんな高度な写真の撮り方をするなんてね。そこまでする必要あるのかい?」

正直、バカにされたと思った。
心の奥にしまい込んでいるものを分かりもしないクセに、触れてさえもいないクセに、見た目で俺が子供だからってアンタ!オトナだからってなんなんだよっ、その言いかた!
と……本当は、そう怒鳴ってやりたかったけど。

「ボクは絵の教室に通っていて油絵を専門に描いています。その題材選びのために、自分が描きたいと思ったものの正確な光の表現が欲しくて写真を撮っているだけです。油絵にとって正確な光と影の濃淡が必要だからやってることです。いけませんか?……それとも、通るのが邪魔なんだったら邪魔だということだけ伝えてくれたらいいことなんじゃないんですか?」

と、少し尖った言葉を返した。

そしたら、
そのオジサンは笑いながら、ゆっくりとした口調で

「お前さん、ものをハッキリと言える子だなあ。それとも怒らせてしまったかな?素直な反応というか、可愛くないというか、まだまだ可愛い男の子だ。
お前さんがもう少しオトナになったら、もしその気があったら私のやっている写真教室に来てみるといい。お前さんのやっている油絵と同じくらいに写真も楽しいものだからね。撮影の邪魔をして悪かったね」

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その人が本気でそんなことを言ったのかどうかは子供の自分には分からない。
ただ、そう言っているとき、逆光の中でそのオジサンはニッコリ微笑んでいるように思えた。

しばらくはその逆光の中のシルエットが凄く気になっていたのだけれど、私は結局、その人が誰なのか調べることはしなかったし、その人じゃないかと思われる写真教室へ行ってみることもしなかった。
今となっては子供の頃の幻影でしかない。


(*)見出し画像の写真は、白山公園で撮ったものではなく、去年2023年4月24日に新潟市江南区にある北方文化博物館ほっぽうぶんかはくぶつかんで撮った藤棚です。


#私は私のここがすき

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