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SS【ぼくのサバイバル】


ぼくはサバイバル番組を観るのが好きだ。

昔のお正月特番でやっていたものを動画サイトで観る。

挑戦しているのは若くて体力のあるアイドルや、知識と経験豊富なベテラン芸能人だ。


ぼくは自分が過酷な状況に陥るのは嫌なので、暖房の効いた部屋でコタツに入り、ビールを飲みながらワサビ味の柿ピーを食べつつ見守っている。

ある時は砂漠、またある時はうっそうと茂る森の中をゴール目指してひたすら歩く。

口にできるのはペットボトルの水とドライフルーツだけ。それ以外は自分で調達しなければならない。

一般人なら大抵リタイアだろうけど、仕事となると簡単には諦めれないしファンの目もある。

なので持てる知恵と勇気を振り絞って無謀なサバイバルに挑むのだ。

照りつける太陽の下、ペットボトルを逆さまにして残った最後の一滴を口にする。「最後の水が無くなってしまいました」と言うアイドルを観ながら、ぼくはビールをおかわりする。


人間は食べなくても水があれば二週間は生きれると聞くが、パフォーマンスは間違いなく低下するし、何かを頑張ったり楽しんだりするのは厳しい。

ただそういう極限の状況下ではパラダイムシフトが起こり、人間的な成長に繋がる可能性はあると思う。

だからぼくも連休を利用して旅に出ることにした。

移動手段は徒歩のみで背中にバックパック。中身は寝袋とレインポンチョ。

レインコートじゃない所がちょっと可愛い。

それは置いといて、ウエストポーチにはサバイバルナイフと万が一の時のためにスマホと財布。あとはドライフルーツと水の入ったペットボトルだ。

サバイバルナイフははっきりいって要らなかったが、何となくサバイバルの雰囲気を出すために持っていった。

夜中に家を出て、五キロほど歩くと海岸に出た。ゴールに設定した蜃気楼の町はまだまだ遠い。

途中、二回もお巡りさんとエンカウントした。

ぼくはサバイバルナイフを持っていたことを思い出しドキドキしながら、一人旅をしていることを説明した。

左手には夜の海、右手には閑静な住宅街。夜中だから当たり前だ。


「プルルルル プルルルル」


ぼくのスマホが鳴った。こんな夜中に誰だろうか?

奥さんからだった。

洗濯機と浴室が大変なことになっているらしい。

まさか浴室の窓から泥棒でも侵入してきて、思わず鈍器で殴り殺してしまったのかと、ぼくの心臓は高鳴った。

聞くと爺ちゃんが洗濯物と一緒に新聞紙を洗濯して洗濯物が大変なことになっているらしい。

洗濯機の排水は風呂場に流しているので、風呂の排水口はドロドロになった細切れの新聞紙が詰まり、逆流した灰色の水は浴槽に溜まっているようだ。

以前ティッシュを洗濯したことはあったが新聞紙まるごとは初めてだ。

ぼくは電話の向こうで腹を立てる奥さんに同情しながらも、旅に出て良かったと思った。


ぼくはなんだか気持ちが萎えてきたので、タクシーを呼んで帰ることにした。


「あ、運転手さん、どこかコンビニ寄ってもらえますか?」


唐揚げ弁当と特盛のカップ焼きそばを買って帰宅し、ぼくのサバイバルはリタイアとなる。

「さて、続きを観るとしよう」


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